動画はこちらから
少子高齢化や生産年齢人口減少に伴う労働力不足、2024年4月からスタートした時間外労働の罰則付き上限規制適用など、社会構造の変革が加速し、頻発・激甚化する自然災害への対応も求められ、建設産業界は大きな転換期を迎えている。こうした中で、建設業が将来にわたって社会的使命を果たせるよう、担い手確保に向けた処遇改善や建設現場の生産性向上などの各種施策を盛り込んだ「第3次担い手3法」が、24年6月に成立した。そのキーワードは“持続可能性”。これからの建設業を支えるゼネコン、設計事務所、建設コンサルタント、設備会社、建設機械メーカーから次代を支える経営企画・広報部門のキーパーソンに、座談会を通じて業界の魅力や将来性などを改めて見つめてもらいながら、持続可能性を高めるための方策を探った。その模様を学生が聴講した。
(座談会の参加者は次の通り)
戸田建設経営企画室課長 栗原洋基氏(くりはら・ひろき) /日建設計経営企画グループ事業企画室アソシエイト 横瀬元彦氏(よこせ・もとひこ)/日本工営社会システム事業部防災マネジメント部課長 鎌田亮氏(かまだ・りょう)/ダイダン社長室コーポレートコミュニケーション部長 長田悠梨氏(おさだ・ゆり)/日立建機ブランド・コミュニケーション本部広報・IR部広報グループ部長代理 長岡紗代氏(ながおか・さより)
–これからの建設産業の未来について、どのようにお考えですか。事前アンケートで唯一、鎌田さんだけが「暗い」とご回答されていますが
鎌田 建設コンサルタントが主としている公共事業は予算が決まっており、それがあまり変わらない中で、技術者単価は上がっています。それに伴い、短い時間での効率的な業務が求められています。大手企業ではDX(デジタルトランスフォーメーション)の導入で案件獲得を進めていくことができますが、中小企業は厳しい状況にあると考えます。本来、個別の要素技術を蓄えている中小企業と、大手のバランスが取れた状態であれば技術的な発展もあるのでしょうが、将来に向けて技術を伸ばしたり品質を高めたり、技術革新する余地が減っているように思えてなりません。行政側も数年で人事異動があり、業界内での発注者との議論が深まりにくい状況もあります。このような閉塞感から現状を変えなければいけないのではと思っています。
–こうした意見に対し、横瀬さんと長岡さんは建設業の未来が「明るい」とご回答されていますね
横瀬 われわれは設計事務所として、さまざまな社会価値の実現をお手伝いしています。われわれのモットーの一つが「不易流行」です。解釈はいろいろありますが、本質を守りながら、時代に即した変化を柔軟に取り入れることを意味します。いま求められているのは、建物単体のみならず、都市や社会環境全体のデザインにも挑戦していくことです。取り組むべきことはたくさんあり、それぞれの時代の宿題に積極的に取り組んでいけば、将来は明るいはずです。
長岡 建設機械メーカーの立場から、建設業に貢献できる領域がより広がっていくと感じ、未来は明るいと回答しました。先ほどの鎌田さんの発言のとおり、全体の工事量はそれほど変わらず人件費も上がり、より工事の効率化が求められています。そうした中で、ここ最近は性能の良い建設機械の提供だけでなく、お客さまからはその建設機械をどのように効率的に使えば自分たちの工事をうまく進めることができるかという提案まで、われわれは求められています。そのスキルを磨き、きちんとソリューションを提供できれば、より発展していくことができるはずです。そこに成長の余地と社会貢献の機会があると思っています。
–栗原さん、長田さんは建設業の将来が今と変わらず「現状維持」とのご回答ですが
栗原 ゼネコンにとっての最大の課題は担い手不足だと考えます。国内労働人口が減少する中にあって、建設の魅力を高め人材を確保していくこと、省人化・機械化、AI(人工知能)やデジタル活用によって、より少人数で施工可能な生産プロセスを実現していくことが必要不可欠だと考えます。建設業の将来を想像したときに、AIやロボティクス活用といった技術革新によって建設の現場には次々に新技術が導入されていくでしょう。しかし、建設は現地単品生産であり、どんなに技術革新が進んでも人の手に頼る部分をなくすことはできないと考えます。また、新たな技術を使うのもまた人間であるため、技能労働者の高齢化に伴う技術ノウハウの伝承といった面も含めて、担い手不足という最重要課題は継続していくだろうと想像し、建設業の将来を「現状維持」としました。
長田 AIに仕事が取られるような話はよく耳にしますが、将来なくなる仕事ランキングには建設業が入ってこないのではないかと、以前、上司とも話をしていました。ダクトや配管などをつなげるといった当社のメイン事業の空調・電気設備工事は、昔から大きくは変わっていません。資材・機材の変化やDXやAIにより、効率化などの面で変わったところもありますが、横瀬さんのおっしゃるとおり、本質的なところは全く変わっていないのではないでしょうか。ある投資家からは、肉体労働の「筋肉業界」はなくならないのではないかと言われました。もちろん変えるべき所は変えていく必要はありますが、社会的使命があるので、将来も変わらないのではと考えています。
–建設業界の将来は、変えるべき所を変えなければ暗いかもしれないが、それを変えつつ、本質や使命を追求し、スキルも磨きながら取り組みを進めれば、明るいとのお考えのようですね。それでは、建設業界で働く楽しさを皆さんはどのように感じているのでしょうか。栗原さんは唯一「分からない」と意外なご回答ですが、その真意は
栗原 決して、楽しさを感じていないわけではありません。ただ、私は事務系総合職として入社し、現場経験は2年ほどでしたので、建設会社ならではの現場の迫力や面白さを感じる機会は少なかったかもしれません。現在は経営企画室に所属し、一般社会や投資家、株主から自社がどう見られるかといった客観的視点を意識しつつ、持続的成長に向けた経営戦略や社員一人ひとりがやりがいをもって働くためのエンゲージメント向上について、経営層が十分に議論するためのレポート作成や会議体運営に携わっています。価値観が多様化する中で、あるべき姿の実現に向けた施策を構想することは“楽しさ”よりも“困難”が先にあるというのが正直なところです。ただし、困難な中にも試行錯誤する“面白さ”はあり、自らの仕事が会社の持続的成長に貢献できていると心から実感できるようになれば、“楽しい”仕事になっていくと思います。
–長田さん、鎌田さん、長岡さん、横瀬さんの4人は建設業界で働くことが「楽しい」とのご回答ですね
長田 私自身も社内では、ずっと事務系を歩んできたので、例えば電気を受電した時の光がともるうれしさ、ものづくりの楽しさを直接感じることはできません。私は設備工事という業界があることを全く知らずに入社しました。当時は「こんな世界があったのか」と。建設業界は今のように、女性にそこまで優しくない時代でもありました。ただ、入社当時、安全パトロールに同行した際、「ここの現場の女性トイレに行ってほしい」と言われて、行ってみたらトイレがとてもきれいで、その現場は女性に優しい現場を掲げていたというのもあるのですが、男性だけの業界から女性にも開かれた業界になる兆しは感じました。入社以来、私は先輩や上司にも恵まれ、例えば、制作したテレビコマーシャルなどで社内外から良い反応があることなどにやりがいを感じていますし、部署的にも仕事的にも楽しいと感じています。
鎌田 将来については暗いと答えましたが、仕事自体は楽しいです。自分たちの時代で、変えられるものがたくさんあるからです。変えなければいけないものを自分たちの力で変え、良くすることは楽しくありませんか。当社グループ(ID&Eホールディングス)は2025年2月、東京海上グループとなりました。公共・公益事業の継続に加え、民間領域にチャレンジするさまざまなチャンスが増えてきていきます。見えなかったものを見る瞬間や、変えていけるチャンスは楽しみ以外の何ものでもありません。人がやったものを真似するのではなく、自ら提案・実装する瞬間に立ち会えるわけですから。課題が多ければ多いほどチャンスであり、わくわくします。
長岡 他の業界を経験してから建設業界に入った時に、この魅力として自社の製品が日頃の生活の中で目に止まる、一般消費者の方に見てもらえるところに、広報の立場ですごく楽しさを感じています。特に“はたらくくるま”は、子どもたちにとってヒーロー的存在で人気があります。現在、私は子育て中で、自分の子どもに自社製品を普段の生活の中で見てもらえて、「かっこいいショベルカーだ」などと言ってくれることにも楽しさを感じています。建設機械メーカーは建設会社などをお客さまとするBtoBの企業ですが、BtoCの楽しさも味わえる一面もあって楽しいです。
横瀬 今年、創立125周年を迎えた日建設計は、クライアントと共に、新しい体験価値を持った空間づくりや社会環境デザインに挑戦してきました。現在は、設計やデザインを核にしながら、社会環境デザインの先端を開くという視点でわれわれの領域を広げていくことにチャレンジしています。私自身も事業開発にも携わっており、多様な業種のさまざまな方々と協働しながら新たな領域に挑戦することに大きな楽しさを感じています。設計という領域を拡大し、社会環境デザインを考え、実行していくプロセス自体にも、深い学びと大きな魅力があります。
–建設業界の仕事に楽しさや、やりがいを感じているとのことですが、その業界の課題は何だとお考えでしょうか
長田 仕事はたくさんあるのですが、建設業界では人手が不足・逼迫(ひっぱく)していて、施工体制が整わず受注できない時もあります。当社よりも協力会社はその状況がもっと深刻です。さらに2024年度からは、時間外労働の上限規制も強化され、以前のように長時間働いて工期を守ることも難しくなりました。ただ、こうした状況に対する発注者側の理解も進み、従来の無理な働き方を見直す良いタイミングとも捉えており、業界全体をより持続可能な方向に変えていく機会になれば良いのかなと感じています。
栗原 長田さんのおっしゃるとおり、ゼネコンも人手不足が課題です。特に設備工事の確保が非常に難しくなっており、設備会社の労務逼迫はゼネコンにとっても深刻な課題です。職人の確保についても、労務が逼迫する中で必要なタイミングで必要な人員を確保できなければ工程に影響が出てしまいます。大規模再開発などに伴って、一つの現場に多くの職人が集中することで他現場が影響を受けたり、建物用途による確保職種の偏りなどもあるので、フロントローディングによる検討準備の前倒しや、早期発注・労務確保が一層重要となっています。
長岡 建設機械は販売後も現場での安定稼働が求められ、メンテナンスが重要なのですが、その人手不足が課題となっています。そこで日立建機では、13年からいち早く「ConSite(コンサイト)」というソリューションを提供しています。これは建設機械に内蔵されたセンサーが異常を検知した場合、オペレーターなど関係者にアラームを自動発報し、メンテナンスのサービス員が現場に駆け付け、どういう手順で点検したらいいのかマニュアルも出てくる仕組みになっています。これで経験の浅いサービス員でも熟練者と同等の品質で対応でき、メンテナンス業務の効率化と標準化を実現しました。
横瀬 よく指摘される「人手不足」は、確かに重要な課題です。ただ、それは一時的かつ表層的な現象とも言えます。本質的な課題は、既存の枠組みや発想から抜け出せずにいる構造であり、固定観念にとらわれがちな現場であるからこそ、今の問題をどう乗り越えるかを若い世代と一緒に考えていくことが大切で、特に柔軟な視点や「素人目線」が現場には必要とされているのではないでしょうか。今後は過去の延長ではないイノベーションを担う人材の育成と、その挑戦を支える環境づくりが鍵を握り、次へとつなげていくことが求められていると思います。
鎌田 自分の部署は人材が比較的多い方であると思っているため、技術側での人手不足を直接感じられてはいません。一方で、発注者側である行政の人材不足による技術や知見の継承、発注品質の維持を課題と捉えています。また、業界全体でも中堅層の退職が続き、技術の継承が大きな課題となっています。人材確保も大切ですが、質の高い人材の育成や熟練技術者のノウハウの継承が重要です。過去のやり方で残すべきもの、捨てるべきものの線引きを組織として明確にしていく必要があると考えています。
–多くの方が課題は人材と捉えているようですが、人が働きやすい環境も重要なのでは
長岡 その点、弊社では働きやすさの観点から、女性だけでなく、共働き世帯の増加に伴い、男性社員の子育て支援にも力を入れています。配偶者の出産時に男性社員も休暇を取れる制度を社内で周知し、上司が対象社員に意向を確認する面談を行い、休暇を促す取り組みも実施しています。
栗原 多様で柔軟な働き方として、テレワーク制度やフレックスタイム制度(コアタイム無し)が全社で導入されているほか、育児・介護への両立支援のサポート体制は整っていると思います。男性育休取得率は、20年から連続で100%を達成しています。ただ、育児・介護によって作業所勤務が実質的に難しい場合もあるので、そうした場合には、本人と相談の上、一時的に他部署に異動するなど柔軟な対応をとる場合もあります。人材確保が課題となる中で、多様な人材が働き続けられる環境整備は大切だと思います。
長田 現在は育休を取得する男性も増えてきたので、働きやすい環境整備が少しずつ進んでいる印象があります。当社は現在、現場のウェルネス化も進めております。きれいでかっこよく緑も多い快適な現場事務所ですので、現場からも良い評判を得ています。
–働きやすさの面からも改善は進んでいるのですね。唐突な質問ですが、そんな建設業は好きですか
栗原 建築物やインフラというダイナミックなものづくりに関係できることは、建設業に携わるものとして誇りに思います。ただ、建設業は、外部環境による影響がとても大きく難しさも感じます。物価変動や労務逼迫による原価への影響、発注者との関係性など外的要因が大きく、ゼネコンだけでコントロールできない要素がとても大きいからです。一方で、今は物価上昇や適正工期に対する発注者の理解も進みつつあり、第3次担い手3法により価格転嫁や工期変更協議の円滑化ルールが定められるなど、法制度なども整備されてきています。また、今後はエネルギー分野やコンセッションといった新たな市場も広がっており、ゼネコンとしての新しい事業領域の可能性として期待しています。
長田 私も難しさを感じています。入社当初は「自社が手がけた建物」に誇りを感じていましたが、さまざまな部署を経験する中で、建物づくりは多くの関係者・要素がかみ合って初めて成り立つと実感しました。一つでも歯車が狂ってしまうと全体が崩れるため、建物が完成すること自体が難しいことであり、単純に好きとは言い切れない複雑さがあります。
横瀬 好きか嫌いかと言えば、やはり好きと言えます。良い建物を見ればかっこいいと思いますし、土木のインフラにも大変重要な意味がありますから。ただ、われわれの仕事は、好きに加えて、クリエイティビティと責任感を持って取り組むこともさらに重要だと考えています。
鎌田 入社以来、建設業をさらに好きになった一方で、その厳しさも実感しています。建設・設計段階から施設の完成まで、約10年にわたり携わった案件では、技術者としての経験値の蓄積や成長を実感することができました。思考力や柔軟性を鍛えながら成長できるのは建設コンサルタントならではの魅力だと感じています。一方で、業務の多岐性や複雑さにも直面しています。
長岡 私は建設業をさらに好きになりました。日本のものづくりの世界に入って、かつグローバル展開しているところに魅力を感じて入社しましたが、いざ入ってみると社会インフラをつくり、さまざまな社会課題を解決していることに気付きました。建設機械が震災や戦後の復興にも貢献し、社会の役に立つ仕事に携わることができていることを実感したのがその理由です。

左から、座談会を聴講する東京理科大学の石橋大翔(いしばし・ひろと)さん、石和田章蔵(いしわだ・しょうぞう)さん、王子逸(おう・しいつ)さん、室田日菜子(むろた・ひなこ)さん。座談会登壇者から「それぞれが描く建設業の未来」を問われて答えたほか、登壇者に対しては「大学で学んだことが生かされているか」などの質問を投げ掛けた
–最後に「建設業の持続可能性」を実現していく上での“キーワード”を皆さんにうかがいます
栗原 「協調」です。建設業界はさまざまな人が関わり合ってつくり上げていくものです。ゼネコンと協力会社は互いに信頼し合い、担い手確保のために共に考えていく必要があります。また、発注者との関係性においても適正工期・適正価格での受注に向けた対等な関係構築が欠かせません。建設は社会インフラや人々の暮らしを支える重要な産業であり、発注者・ゼネコン・協力会社をはじめ設計会社・コンサル会社・設備会社など、多様なステークホルダーが関わることで一つのものを形づくっていきます。それぞれが利己的となるのではなく、長期的視点に立ち協調して取り組んでいくことが持続可能な建設産業の実現に必要だと考えます。
横瀬 私は「つなぐ」と書きました。建築や土木は、自然・社会・人をつなぐ営みであり、その本質をどうクリエイティブかつイノベーティブに自分たちの子どもや孫、未来へとつないでいくかが重要です。さまざまな変化がある中でも、本質を見失わず、次世代へどのようにつないでいくかを考えることが大切だと考えています。
鎌田 「視野の拡大」です。空間や時間、人材などの視野を広げていくことが、持続可能な社会づくりに重要だと考えます。例えば、海面上昇により陸地が減ったら、洋上風力などで水面となった場所を活用するという逆転の発想もあります。こうした新たな視点を入れて、まちづくりや建設のアプローチをどんどん広げることで、持続可能性を高めていけるのではないでしょうか。
長田 わたしは「人」を選びました。建設業において「人」は最大の資産であり、持続可能性の鍵であると言っても過言ではありません。それには、3K(きつい・汚い・危険)から、新4K(給与・休暇・希望・かっこいい)の業界へと転換することも必要です。人材を大切に育てることが、現場の成功や業界の未来へとつながり、建設業の持続可能性も高まるものと考えています。
長岡 キーワードは「オープン」です。現在は昔と比べ、建設業界の課題解決のために、他業種やスタートアップ(新興企業)などと積極的に連携する機会が増えています。過去であれば組んでいないようなパートナーと組む機会も増えています。オープンに、さまざまな社外のパートナーと協力しデジタル技術なども駆使して、製品やサービスを協創することが持続可能性の鍵だと思います。