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日常と非日常が同居する建築–。大阪府高槻市の高槻城公園芸術文化劇場南館を訪れると、地域住民がコーヒーを飲みながら話に花を咲かせていたり、学生が勉強していたり、親子が散歩していたりと、“日常”の風景が目に飛び込む。一方、大ホールにひとたび足を踏み入れると、意匠の圧倒的な“非日常感”に、気持ちが高ぶる。日常と非日常という異なる要素が混在するものの、この場所に違和感はない。“調和”を支えているものは何なのか。カギを握るのが大阪府産の“木”だ。設計を担当した日建設計の江副敏史チーフデザインオフィサーと、設計グループの高畑貴良志氏に、この劇場に込めた思いを聞いた。
高槻城公園芸術文化劇場南館は、住宅や学校などの中低層建物が建ち並ぶエリアの一角にある。こうした周辺の環境と調和するように、この劇場は大きなボリュームではなく、「地域に自然と溶け込めるよう、必要な機能を確保しながらも、無駄なものをそぎ取って、小さく作っていった」と江副氏は解説する。
さらに、小さく作った背景には、「劇場は人が集まってきて芸術に触れ、それをまた誰かに伝える起点になる場所。できるだけ市民に親しまれる劇場を作りたかった」という思いもあったという。だからこそ壮麗ではなく、市民の暮らしのそばにある“小さな”劇場を作ったのだ。
“小さい劇場”にする上で、建物高さを抑えることに加え、「分節」にもこだわった。建物を小さく分けたことで生まれた建物と建物の間の“隙間”は、“日常性”の一要素でもある。というのも、対象地はもともと公園で散策路として親しまれてきた。だからこそ、通り抜けたり、散策したりと公園を歩くような使われ方を意識したのだ。実際に、近隣の学生が通学時に通り抜け、それをきっかけにふらっと立ち寄っていく、そうした日常が生まれている。
また、この隙間を歩いていると、施設内にあるスタジオの活動がガラス越しに目に入る。活動を見せる配置計画にすることで、「通りかかった人が活動を目にし、『自分もやってみたい』と思うきっかけになるかもしれない。そこから活動に参加し、さらにはホールのステージに立つという文化のサイクルが生まれていけば」と江副氏は話す。
建物ボリュームや配置計画とともに、“日常感”を与える重要な要素が、外観の最大の特徴とも言える無数の木のルーバーだ。分節された建物いずれもスギ材をストライプ状に張り巡らせることで、空間を区切る役割を持ちながら、一棟構成のような一体感がある。外観のどの部分を切り取っても、木のぬくもりに包まれ、親しみやすい空気感をまとっている。
均整の取れたシンプルなシルエットの裏には、美しく見せるための工夫があるといい、高畑氏は「木は年月とともに反りやゆがみが発生するため、それを見越し、あらかじめ隣り合うルーバー同士に凹凸を付け、時間が経っても暴れて見えないようにした」と解説する。
次にロビーへと入っていくと、日本建築のひさしの下にいるような感覚を覚える。室内にもかかわらずこのように感じられるのは、鉄骨柱の細さでガラス壁の透明感が際立って見えるためだろう。その効果で外装の木ルーバーが引き立ち、まるでひさしの下のような印象を与えるのだ。ロビー脇のカフェのガラス壁は開け放すことができ、文字どおり“ひさし”空間に転換することもできる。
外装と同様、内部にも木ルーバーが多用されているが、同じ木でも使用する部位は異なる。耐候性が強い丸太中心部の赤太(アカタ)を外装、丸太表皮に近く、不燃の薬剤が含浸しやすい白太(シラタ)を室内へと、適材適所で使用することにより、木を無駄なく使った。
さらに、通常であれば化粧材として活用されることの少ない丸太の芯の部分を有効に利用していこうと、チーム皆で知恵を振り絞った。
芯の部分は製材後の乾燥による割れを防ぐため、背割りという切り込みを入れている。この切り込みが理由で、意匠部材として使われることは少ないのだ。
そうした中、この劇場では、大ホールに使用することを決断。当初は小ホールと同様、棒状の材を敷き詰めていくことを計画していたが、市長や市担当者からの『今までに見たことがないホールを設計してほしい』という声に応えるべく、大胆にも芯材を大ホールの意匠に使用することになる。
そうして生まれたのが、材をキューブ状に切り出し、壁一面に貼り付けるデザインだった。意匠としてだけでなく、音響面にも作用する重要な部材で、キューブの凹凸で音を乱反射させ、理想的な反射音を実現。年輪と背割りがアクセントとなり、唯一無二の劇場が完成した。
厚みの異なる3パターンのキューブの総数は2万7000個に及び、大ホールに足を踏み入れると、無数の木キューブに吸い込まれるような印象を受ける。コンピュテーショナルデザインを活用しながら、デザイン性とともに、うまく音が拡散する配置を考えていった。
これほど膨大な数のキューブを設計図どおりに取り付ける手間は想像に難くない。その過程では、施工者と侃々諤々(かんかんがくがく)の話し合いを重ねたといい、高畑氏は「施工者の皆さんが本当に前向きに、この形を実現するためにどのようなことができるのか、たくさんアイデアを出してくださった」と振り返る。結果的に、ワンユニットで製作する箇所を交えるなどの工夫を取り入れ、完成にこぎ着けた。
特に、木の使い方でポイントとなったのが、「無理矢理使わないこと」だと江副氏は強調する。耐火上・防災上無理のない範囲で使用するとともに、小ホールの壁のように、「構造材と仕上げ材の中間のような使い方」をするなど、木を使う“意味”を追求することで、周囲の環境になじみ、かつ、違和感のない建築が出来上がった。
今回のプロジェクトでは、同一の木を異なる形状で、内外さまざまな場所に使った。一つの木が姿を変え、劇場のさまざまな場所で生きる–。そこにこそ、日常と非日常の境界を緩やかにつなぐ秘密が隠されているのだろう。
建築概要
▽建築主=大阪府高槻市
▽建築設計・監理=日建設計
▽設計協力=永田音響設計
▽施工=大林組(建築)、きんでんクリハラント寺田共同企業体(電気)、新菱菱和大成設備共同企業体(空調衛生)、三精テクノロジーズ(舞台機構)、ヤマハサウンドシステム(舞台音響)、松村電機製作所(舞台照明)
▽規模=S・SRC・RC造地下2階地上3階建て塔屋3層延べ1万7273㎡
▽所在地=高槻市野見町6-8
▽開業=2023年3月
▽受賞歴=25年日本建築学会賞(作品)、第65回BCS賞など







