「明日からの備え」のヒントに
寄稿 建設技術研究所取締役兼常務執行役員東京本社長 江守昌弘
ある日突然、揺れが襲う。あるいは、堤防が決壊する。停電で部屋が暗くなり、スマートフォンの電波も消える。冷蔵庫の中身は数日で尽き、近所のコンビニエンスストアやスーパーマーケットの棚は空になっていく。これは決して特別な想像ではない。阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震、能登地震など、過去の大災害のたびに目にしてきた光景である。日本では特に自然災害の発生頻度が高く、その規模も大きい。地震に限れば、国土面積は世界のわずか0.25%に過ぎないが、世界の大地震の約2割は日本で起きている。地震以外にも、台風、豪雨、土砂災害、火山噴火など多様な自然災害に繰り返し見舞われてきたように、そして近年、豪雨災害が頻発・激甚化しているように、世界でもまれにみる「災害大国」である。
このため防災対策も、建物の耐震化や堤防の整備、ハザードマップの作成、避難訓練など着実に進んできているが、その多くは発災の瞬間に命をどう守るかに重きが置かれ、一方で避難後の生活物資の補給については忘れられがちだ。
災害で失われるのは家や職場だけでなく、食料、水、医薬品、燃料といった「生きるために欠かせないもの」が、ある日突然届かなくなる。電気、ガス、水道、通信が止まる。そのとき、被災者の命と暮らしを支えるのは、被災地の外から物資を運び込む力、すなわち「緊急支援物流」となる。
■円滑な物資配送・配分に課題
ところが、過去の大災害で経験したように、この緊急支援物流は、いざというときに必ずしも機能するとは限らない。なぜなら、道路が寸断され、運転手が被災し、燃料がなければ、トラックは走行できず補給できないからだ。また、物資の集積拠点が被災して使えないこともある。さらに停電や通信の途絶が重なれば、どこに何人の避難者がいて何が不足しているのかという情報さえ届かず、必要な物資を必要な場所へ送る判断も遅れる。一方で、家庭や自治体の備蓄には限界がある。だからこそ、被災後の数日から数週間を支える緊急支援物流を確実に維持するための対策は、防災を考える上で避けて通れないテーマである。
道路や鉄道、港湾、空港などの交通インフラが深刻な被害を受け、長期間途絶して復旧に多大な時間を必要とすれば、避難所には食料や生活必需品などの緊急支援物資が十分に行き届かない。このため、配送体制の不備が大きな課題として浮き彫りとなった。特に、緊急支援物資を受け止める拠点と配送する道路が機能しているかどうか、物資の保管・仕分け・搬送などが円滑に処理できる物流のプロはいるか否かが、重要な課題となった。
東日本大震災などを契機に、政府も民間企業も防災対策により積極的に取り組み、その後の熊本地震では、国が主導して物資を被災地へ送り込む「プッシュ型支援」が導入された。こうして初動対応の改善が図られたが、避難所での物資配分の偏りや衛生管理といった新たな課題も明らかになった。また、2024年の能登半島地震では、道路の寸断によって輸送自体が困難となり、さらに豪雨が重なる複合災害も発生したことで、インフラと物流の脆弱(ぜいじゃく)性が改めて認識された。とりわけ迂回(うかい)路の乏しい地域では、一本の道路が断たれるだけで集落が孤立し、物資の補給も人の移動もままならなくなる。
本連載は、建設技術研究所の物流研究会が25年12月に上梓した『緊急支援物資物流と道路ネットワーク』(大成出版社)をベースに、緊急支援物流の重要性とインフラ整備の在り方に焦点を当てている。道路、ライフライン、都市施設などの実務に携わる執筆陣が、それぞれの立場から課題と対策を論じていく。地方自治体や行政、建設に携わる方々にとって「明日からの備え」を考えるためのヒントになることを期待し、8回の連載記事をお届けする(連載2回目以降は会員のみ公開)。

