こうした強い「モノ主義」を象徴するのが建築模型への強いこだわりだ。設計検討に先だってアイデアの源泉となる複数の小型模型を作成し、基本設計の段階では壁・屋根の色彩、周辺の植栽、内部に設置する家具やインテリアまで配置した上で施主との打ち合わせに臨む。「素材の色、素材感を感じる人間の感覚が設計の根源にある」と強調する。
リアリティーのある建築模型は施主との信頼関係を構築する上でも大きな意味がある。設計図書が読めない施主にとって唯一の判断材料であると同時に、「(打ち合わせが)モノに対する批評になる」からだ。このこだわりは『ROKI』のような大型プロジェクトだけでなく、個人住宅を設計する際も共通している。
「クライアントとの対話ではデザインを批評すべきだが、提示するモノがあいまいでは設計者に対する批評の場になってしまう」とし、リアリティーのある建築模型で施主の思いを具体化していくことで、互いの信頼感も深まっていくという。
風量、温度、明るさなどのシミュレーションも「モノ」としての建築模型の補助に位置付け、活用は模型では確認できない領域の分析にとどめる。建築を取り巻く技術は大きく進歩しているが、「設計の本質は数値目標を達成することではなく、生活者の目線で快適な人間の暮らしを提供することだ」と語気を強める。JIA日本建築大賞は候補作を現地審査した上で選考するため、受賞の喜びもひとしおだ。
『ROKI』においても、自然光や外気を積極的に取り入れた光・温熱環境を整え、高い環境性能を実現した。環境建築と呼ばれることも多いというが、重視したのはあくまで居心地の良さだ。木格子とスチールを中心に構成した膜天井は、時間や季節で変化する天気・雲・空模様をそのまま内部に映し出している。「心地良い空間には自然との付き合いが重要だ。自然にないものを建築が提供し、建築にないものを自然からいただいた結果が省エネだった」と振り返る。
省エネ性能を高める技術は数多くあるが、技術ばかりに拘泥(こうでい)すると「ディテールに食われてしまう」と語る。近代建築が生まれてから環境技術は発展を続けてきたが、どれほど技術が発展しようとも「人間は自然からは逃れられない」と画一的な人工空間よりも自分の肉体や感性に裏打ちされた「モノ」が持つ居心地の良さが良い建築につながるという。
『ROKI』のプロジェクトでも、「モノ」の心地良さを中心に設計を進めたことで施主やゼネコンが協力したプロジェクトを推進できたという。「良いチームが集まり、実現することができたプロジェクトだ。これからも、こうした建築の楽しさを実感するプロジェクトをしていきたい」と語る。