【偉大な功績を後世に】セーヌ川に沈んだコルビュジエの名作 幾多の困難乗り越え再び浮上 | 建設通信新聞Digital

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【偉大な功績を後世に】セーヌ川に沈んだコルビュジエの名作 幾多の困難乗り越え再び浮上

 10月19日、パリ・セーヌ川の河底から1隻のコンクリート船が浮上した。石炭運搬船を1929年にリノベーションした難民救済船で、『浮かぶ避難所(アジール・フロッタン)』と呼ばれる。デザインを手掛けたのはル・コルビュジエ。同氏に師事していた前川國男が担当していた。船は90年代半ばにその役目を終え、しばらくセーヌ川左岸の13区に係留されていた。パリの有志により2006年から修復プロジェクトがスタート。公開間近となった18年に川の増水によって水没してしまったが、日本からの復活プロジェクトにより今回ポンプアップによる浮上に成功した。

水没前のアジール・フロッタン:2017年時点((C)スターリン・エルメンドルフ)


 復活プロジェクトを主導する建築家の遠藤秀平神戸大教授は「コルビュジエの隠れた名作であり、建築史において重要な作品なのだが、知名度は低い。早く復元し、日本人も関わった偉大な作品を幅広い方々に知って、見ていただきたい」と話す。

遠藤氏




◆近代建築5原則要素詰まった難民救済船
 船は1919年に石炭運搬船『リエージュ号』として建造された。29年には、救世軍により第一次世界大戦後のパリ市内に多くいた難民に食・住を提供する難民救済船としてリノベーションされ、『ルイーズ・カトリーヌ号』と名付けられた。「コルビュジエは同時期に、近代建築の5原則を確立したサヴォア邸の設計を手掛けていた。先に竣工したアジール・フロッタンにも近代建築の要素が詰まっている」という。

 また、前川國男が渡仏し、コルビュジエに師事したのが28年。その年の暮れあたりから船を活用する計画が始まっており、前川も後のインタビューでリノベーションを担当したことを明かしている。「前川さんはアジール・フロッタンを通じて近代建築を学び、帰国後、日本におけるモダニズム建築を花咲かせた。この船が日本の近現代建築史にも大きな影響を与えたといっても過言ではない」と語る。

難民救済船として改修された 当時のアジールフロッタン ((C)ル・コルビュジエ財団)




◆再生公開目前でセーヌ川に沈む
 アジール・フロッタンは、フランスの有志によって2006年に買い取られ、修復プロジェクトがスタート。遠藤氏が修復工事中の仮囲い(シェルター)の設計者に指名された。「フランスで作品集を出版したころで、それを手に取った有志代表であるフランシス・ケルテキアン氏に気に入ってもらい依頼を受けた」と振り返る。

 シェルター案は08年に発表したが、その後リーマンショックの影響を受けプロジェクトは難航した。遠藤氏も各所で協力を取り付けるなどし、17年には同氏が副会長を務める日本建築設計学会の主催で『アジール・フロッタン再生展』を国内外8カ所で開催。一般公開を翌年に控えた18年2月、増水の影響を受け船はセーヌ川の河底に沈んでしまった。

水没した当時の様子((C)古賀順子)


 その後、学会が主体となって『アジール・フロッタン復活プロジェクト』を立ち上げ、公益財団法人国際文化会館の助成も受けながら調整を重ね、黄色いベスト運動やコロナ禍を乗り越え船の浮上までこぎつけた。

 今後、水没による損傷個所などを21年中に補修。コルビュジエ財団などと協議しながら22年に復元工事を進め、23年中のオープンを目指している。

 船内は3つの空間に分かれる。上流側の部屋は元の空間に復元、中央の部屋はエントランスや資料展示、下流側の部屋は展覧会などを催すことができる企画スペースとなる計画だ。



◆不思議の連続で学会が船を所有
 水没から浮上までの間に、所有者のひとりであるケルテキアン氏が逝去。船は競売となるところを裁判所から指名を受け、現在は学会がこの船を所有している。

 遠藤氏は「大学の3年のころ、前川さんがアジール・フロッタンを紹介していた本を読んでいた。それがいまでは所有する立場になった。人生驚くべき不思議なことが起きる」という。「いまは学会が所有しているが、いずれはフランスやコルビュジエ財団で幅広く活用してもらい、2人の建築家の偉大な功績を後世に伝えていってほしい」

 16日には、遠藤氏が講師を務めるオンライン講演会「アジール・フロッタン セーヌ川に浮上」がFacebookライブで配信される。主催はルネサンス・フランセーズ日本代表部(https://www.facebook.com/RFJapon/)。参加は無料。



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