【45°の視線】建築史家・建築批評家 五十嵐太郎氏 寄稿「アートと建築をつなぐ―上半期展覧会から」 | 建設通信新聞Digital

4月26日 金曜日

公式ブログ

【45°の視線】建築史家・建築批評家 五十嵐太郎氏 寄稿「アートと建築をつなぐ―上半期展覧会から」

 大学で美術館の設計課題を担当しているのだが、普段、多くの学生がほとんど展覧会を見ていないことに驚かされる。建築とアートは、いずれも視覚や造形に関わる表現の分野だから、もっと相互に関心を持ったら良いと思う。逆のケースとしては、美術ファンが建築を知らないことも珍しくない。従って、筆者があいちトリエンナーレ2013の芸術監督をつとめた際、美術と建築をつなぐ仕掛けをいろいろと試みた。

 例えば、数名の建築家にもアーティストとしての参加を依頼し、青木淳氏は画家の杉戸洋氏と組んで、ポストモダン建築である名古屋市美術館の仮設的なリノベーションを行い、宮本佳明氏は会場である愛知芸術文化センターに福島第一原発の建屋を重ね合わせる壮大な空間インスタレーションを制作した。またコルゲートパイプでつくられた川合健二邸など、建築の見学会を開催したり、『あいち建築ガイド』(美術出版社、2013年)を刊行し、アート・ファンがまちなかに散りばめられた展示会場を散策する際、ルイ・ヴィトン名古屋栄店や丸栄百貨店など、建築も鑑賞できるように誘導した。

◆街は「建築のミュージアム」終わらない芸術祭に
 展示作品は3カ月で消えてしまうが、すぐに建築はなくならない。従って、街を建築のミュージアムに見立てれば、終わらない芸術祭になる。そして当時のあいちトリエンナーレはオペラも含んでいたことから、東京大学の建築学科を卒業した演出家の田尾下晢氏に依頼し、『蝶々夫人』を上演した。その結果、現代的に解釈された日本家屋の美しい舞台美術が出現した。

 さて、ことしの上半期から、印象に残った展覧会をいくつか紹介したい。「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力-世界の女性アーティスト16人」(森美術館、9月26日まで)は、サブタイトルどおり、女性に焦点をあてるが、草間彌生氏やオノ・ヨーコ氏など、既に超有名な作家は選んでいない。90歳や100歳超えの現役の高齢作家、アジア・中近東・アフリカ(非西洋白人)、多様な作風をおそらく意識したセレクションである。正直、知らなかった作家も多いが、なぜエネルギッシュな作品群が、いままであまり紹介されなかったのか。男性優位の社会は、建築界もそうだろう。もし、これと同じ趣旨で建築展を企画した場合、どうなるか考えさせられた。

 また「ファッションインジャパン1945-2020―流行と社会」(国立新美術館、9月6日まで)は、三宅一生氏や川久保玲氏などの有名なデザイナーだけでなく、雑誌、洋裁学校、広告の状況、ツッパリ、「Kawaii」、ロリータなどの一般的な流行も視野に入れ、戦後ファッションの動向を網羅的に俯瞰(ふかん)している。建築界の流れを想起しながら、鑑賞すると面白いだろう。例えば、1980年代の強烈な個性を世界に発信した日本のデザインから、1990年代以降のストリート系のゆるいファッションへの移行は、バブル期のポストモダン建築の後に登場した作家性を忌避するユニット派に重なって見える。

◆景観とは何か、電線や電柱が明治期は文明開化の象徴
 見事な切り口だったのが、「電線絵画展 小林清親から山口晃まで」(練馬区美術館、既に終了したが、カタログの購入は可能)である。景観論でしばしば悪の権化とされる電線や電柱に注目し、それが実は日本の近代において重要な画題だったことを明らかにしているからだ。いや、むしろ明治期には文明開化の象徴であり、これまでにない新しい都市景観のモチーフとして河鍋暁斎や歌川芳虎らが描いている。小林清親に至っては、富士山と電信柱を組み合わせた。おそらく、高層建築が少なかった時代において、電柱は垂直の要素として絵の構図に活用されたのだろう。同展では、ほかにも岸田劉生、朝井閑右衛門、川瀬巴水などの印象的な電線絵画が紹介されている。電線の碍子(がいし=絶縁体)を絵の主題とし、タイトルにも入れた一対の日本画すら存在していた。

2010年のコンテンポラリーアートフェア「G-tokyo 2010」展示された山口晃氏の和風の電柱

 現代アートでは、山口晃氏が構想した和風の電柱(帝冠様式風?)が興味深い。彼は「電柱再考」において、「電線は美観を損なうどころか、風景を線分し、美しいコンポジションを生み出せます」という。電線を地中化すれば、本当に良い景観になるのか? 都市部の場合、これまで隠れていた貧弱なビルがむき出しになるだけだろう。景観とは何かを改めて考えさせる展覧会だった。


(いがらし・たろう)建築史家・建築批評家。東北大大学院教授。あいちトリエンナーレ2013芸術監督、第11回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展日本館コミッショナーを務める。「インポッシブル・アーキテクチャー」「装飾をひもとく~日本橋の建築・再発見~」などの展覧会を監修。第64回芸術選奨文部科学大臣新人賞、18年日本建築学会教育賞(教育貢献)を受賞。『建築の東京』(みすず書房)ほか著書多数。
 


 

  

   

ほかの【45°の視線】はこちら

 
建設通信新聞電子版購読をご希望の方はこちら