【45°の視線】建築史家・建築批評家 五十嵐太郎氏 寄稿 イタリアの越境的なデザイン | 建設通信新聞Digital

4月27日 土曜日

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【45°の視線】建築史家・建築批評家 五十嵐太郎氏 寄稿 イタリアの越境的なデザイン

 現在、静岡文化芸術大学が所有するレオナルド・ダ・ヴィンチの理想都市の巨大な木造模型(サイズは3.0×1.7m、1950年代に制作されたもの)の展覧会に関わったことがきっかけで、4年ぶりにイタリアを訪れ、調査を行った。よく知られているように、彼は「モナリザ」などの代表作を持つ画家であると同時に、自然や人体を観察し、考察する科学者としても活躍した。さらには機械や乗物、建築や土木、そして都市計画の分野に対しても、さまざまなアイデアを構想した。いわゆるルネサンスの時代における万能の人である。

 従って、教会や美術館以外でも、トリノの自動車博物館、ミラノのレオナルド記念国立科学技術博物館、マルペンサ空港に隣接する格納庫を利用したヴォランディア飛行機博物館、ヴィジェーヴァノのレオナルディアーナ、出身地であるヴィンチ村の生家や展示施設など、多くの場所を回り、彼の活動を学ぶことができた。もっとも、実はオリジナルの絵や手稿を展示している所は少なく、彼のスケッチに基づく機械や建築の模型など、複製品をベースにした施設が多く、むしろそれらをどう見せるかを工夫している。ともあれ、改めてイタリアという国が、レオナルドを誇りに思っていることがよく分かった。

◆一貫した美しい造形への探求
 建築に限定されない、幅広いデザインの活動は、現代のイタリアでも確認できる。例えば、「ガエ・アウレンティ 日本そして世界へ向けた、そのまなざし」展(2022-23年)は、会場となった九段のイタリア文化会館やオルセー美術館のリノベーションを含む、彼女の建築だけでなく、照明や家具などのプロダクト、会場構成、都市計画などの仕事を網羅していた。またジオ・ポンティは、ミラノ駅前のピレリビルのような高層建築を手掛けているが、家具や陶磁器の分野でも業績を残し、さらには雑誌『ドムス』の編集長を努めている。

 筆者は、18年にパリの装飾美術館において彼の大回顧展を鑑賞したが、建築がメインというよりは、シームレスに各分野の作品がつながっている印象を受けた。日本のスクラップ・アンド・ビルドと違い、そう簡単には新築をつくれない国だからこそ、建築という職能を持ちながら、ほかの分野のデザインにも越境するのかもしれない。ただし、最近の日本でも、若手の建築家は、新築のチャンスが少ないために、リノベーションやインテリア、家具や会場構成などの仕事も、勝負作として発表するようになった。

 今回はちょうどミラノのトリエンナーレ・デザイン美術館において、アンジェロ・マンジャロッティとエットレ・ソットサスの展覧会を開催していた。ともに建築家兼デザイナーとして有名である。特に前者については、レンゾ・ピアノの協力によって、大掛かりな「アンジェロ・マンジャロッティ 構造がかたちをつくるとき」展を行い、食器や家具から彫刻、建築そして土木まで、構造を意識しつつ、美しい造形への探究が一貫していることが示されていた。近年の日本では、強いかたちを忌避する傾向が認められるが、マンジャロッティのデザインへの態度はすがすがしい。そして会場の空間デザインも素晴らしかった。

 大いに感銘を受けたため、時間を見つけては、この展覧会で知ったミラノのプロジェクトをいくつか回った。例えば、駅関係の仕事が多く、地下鉄では、レプッブリカ駅(1998年)のY字型柱で支えられた大空間とスラブを吊ったポルタ・ヴェネツィア駅(80年代)、そして鉄道では、ロゴレド駅(2009年)の跳ね上がった屋根である。

クアドロンノの集合住宅(1960年)


 また、クアドロンノ通りの集合住宅(1960年)は、プレハブながら複雑な平面と魅力的な経年変化によって、今なお美しい。そして郊外のバランザーテの教会(57年)は、近年だいぶ修復され、現代建築のような輝きを放つ。外観は箱だが、内部に入ると、明快な天井の構造と透過性のある皮膜によって、モダニズムでありながら、聖なる空間を実現している。また、意外に外構が豊かなことに驚かされた。



 

(いがらし・たろう)建築史家・建築批評家。東北大大学院教授。あいちトリエンナーレ2013芸術監督、第11回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展日本館コミッショナーを務める。「インポッシブル・アーキテクチャー」「装飾をひもとく~日本橋の建築・再発見~」などの展覧会を監修。第64回芸術選奨文部科学大臣新人賞、18年日本建築学会教育賞(教育貢献)を受賞。『建築の東京』(みすず書房)ほか著書多数。

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