【記念シリーズ・横浜公共建築100周年】第1回 横浜市役所 | 建設通信新聞Digital

5月5日 日曜日

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【記念シリーズ・横浜公共建築100周年】第1回 横浜市役所

 


横浜市は1922(大正11)年4月、土木課から定常的な建築営繕事務を吸収する形で「建築課」を設置しました。現在の横浜市建築局の前身であり、東日本で最初のRC造小学校や日本初の不燃公営アパートなど、その進取の精神によってわが国建築史に燦然と名を刻みながら、1日で100周年を迎えました。日刊建設通信新聞社はこれを記念したシリーズ企画をスタート。第1回は、これからの横浜を象徴する、市民に開かれた先進のシティーホール『横浜市役所』です。これを皮切りに、今後1年間にわたって「横浜市公共建築」の1世紀を100の作品を通して幅広いアプローチから多角的に紹介していきます。

 

◆街とつながり市民が集う開かれた空間
市制が施行された1889(明治22)年から今日まで、横浜市の発展とともに歩みを続けてきた市庁舎は、2020年6月29日に開庁した現在の施設で8代目となる。市民に開かれた、これからの横浜市を象徴する施設づくりに込められた意図や熱意を、デザイン監修にあたった建築家の槇文彦氏の寄稿と鈴木和宏横浜市前建築局長(現政策局長)のインタビューを通じて紹介する。

建築家 槇 文彦氏 「記憶を表象 品位あるシルクの質感」


このたび「公共建築100年」を迎える横浜市は、この100年間のドラスティックな時代の変化に対応しながら、市民のためのさまざまな公共建築を実現し、なおかつ横浜らしい都市づくりに取り組んでこられた。

私の事務所と横浜市とのつながりは50年ほど前の1970年初頭、市からの要請によって、ふたつ重要な施設を設計したことからである。ひとつは今はないが金沢区総合庁舎で、もうひとつは並木第一小学校を含む金沢シーサイドタウンであり、市民のための公共建築と都市デザインの好例として高い評価を得ている。その後も横浜市の建築設計や都市デザインにさまざまな形でかかわることとなった。

さらに1990年ごろから携わる北仲通南地区の市街地再開発事業計画において、第一工区に横浜アイランドタワーが2003年に完成している。そして2020年に第二工区において新しい横浜市役所の完成されたことに、深い感慨を覚えるものである。

北仲通北・新港地区、関内地区、桜木町・野毛地区、みなとみらい21地区という、横浜を代表する各エリアを結び、「まちの結節点」となる*

横浜市役所は、開港以来の歴史ある関内地区と新都市のみなとみらい21地区の接点でもある北仲通南地区に立地する。したがってまちの結節点として周辺エリアとの強いつながりをつくり出し、まちそのものが入り込んだように開かれ、市民のさまざまな活動や憩いの場にもなるようにこの市役所は構想されている。

既存する周辺の街並みのスケールと軸線を考慮しながらそのボリュームを分割し、隣接する横浜アイランドタワーと連続する一体的な景観を形成している。市庁舎は3層構成とし、高層部に行政執務関係のスペース、中層部に議会関係のスペースを配置し、低層部にはアトリウムを中心に、市民利用施設、商業施設など市民に開かれた空間となっている。

アトリウム。周辺エリアを結ぶ街の核となり、市民が自由に集い、多様な活動やにぎわいを創出する場となる*

高層棟は白いシルクのような質感を伴った外観デザインにより、シルクに所縁のある横浜港の記憶を表象するとともに、国際都市にふさわしい市庁舎としてのウォーターフロントのエレガンスのある佇まいを見せている。そして低層部には西側の大岡川に沿ってプロムナードや広場が広がり、それに面する市民ラウンジや商業施設も含めて、市民に対して望ましいパブリックスペースをも提供しているといってよい。

例えば今回、市役所とJR桜木町駅の間に新設した人道橋を渡ると川沿いのプロムナードはそのまま市役所の前面を介して北仲通北地区に展開するホテル、住居施設につながっていく。市役所はこうした広域の周辺エリアをつなげる焦点を形成していることが分かる。このように都市デザインという見地からも市役所はユニークな存在となりつつあることが明瞭である。

市役所のアトリウムは人間の動きという点からいえば、その焦点でもある。公共交通機関には人道橋で桜木町駅とつながるとともに、エスカレーターによって地下鉄の馬車道駅とつながっている。そしてアトリウムはここから水平に市庁舎空間につながり、エスカレーターで昇れば市役所の行政関係や議会関係の受付ロビーにアクセスすることができる。このように内外空間にもこのアトリウムが焦点の空間として存在している。アトリウムは都市の中で、市民の日常空間、あるいは非日常空間の核を形成しているのである。

市役所の内外のパブリックスペースにおいて、いつも人びとが集いさまざまな情景が展開される。この周辺エリアとつながるパブリックスペースを通して、市民にとって市役所が、横浜の過去に記憶が照射され、あるいは現在という存在が確認され、さらに未来に対する予兆が感じられる、横浜の象徴の場所となっていくのである。

 

横浜市前建築局長(現政策局長) 鈴木 和宏氏「高度な技術結集し細部までデザイン徹底」

横浜市が、現建築局の前身となる建築課を設置してから4月1日で100年を迎える。この間、時代とともに変容する市民のニーズに応えながら良質な公共建築をつくり出してきた。

「東日本で最初のRC造小学校や日本初の不燃公営アパートなど先駆的な事例も数多く、国をリードする気概を持って諸先輩方は取り組んでいたと思います。時代のニーズに真摯に向き合い、生活を充実させていくという視点でこの100年、市民生活の基盤を支えてきたと自負しています。一方でこれからはどう造るかだけでなく、いかに効率的に使っていくかが問われています。時代にあわせてメンテナンスし使いやすくしていく。維持保全にも従前以上に注力したいと考えています」

新市庁舎の建設では、施設・設備の老朽化や執務室不足による機能分散化に伴う市民サービスや業務効率の低下、危機管理機能の強化など旧市庁舎が抱えていた課題解決が求められた。

「大地震が発生しても業務継続できる、災害に動じない市庁舎を造ることが大きなミッションであり、SDGs未来都市に選定された市として環境性能の高い建物を自ら造って範を示すことが社会的責任として求められました。街の結節点に建つ、市民に開かれた庁舎としてのシンボル性や景観への配慮、大岡川沿いの水辺の空間を生かすことも重要なテーマでした」

当時、公共施設では前例のない設計・施工一括(DB)方式を導入。CM方式も活用し、発注では総合評価落札方式の高度技術提案型を採用するなど、新たな試みにも果敢に挑んだ。

「われわれとしても初の超高層建築であり、短期間での設計・施工に加え、建設費の高騰や人員・資材の調達が難しい局面も想定される中で、従来の発注方式では時間的な制約とともに施工者の技術力を設計段階で生かし切れないというジレンマもありました。基本設計から施工までを一括発注するデザインビルド方式の採用にはさまざまなご意見があるとは思いますが、今回のプロジェクトでは非常に有効でした」

「発注段階では図面がなく、入札時に事業者選定と同時に工事金額も決定するわけですから、発注仕様書は齟齬や誤解がないよう1年かけて慎重に作成しました。これにはCMR(山下PMC・山下設計共同企業体)のアシストも大きかった。DB方式に適合した市独自の工事請負契約約款を新たに作成したことも、そのメリットを最大限に引き出した要因の一つであり、落札者(竹中・西松建設共同企業体)の優れた提案を採用できました」

「これからの横浜を象徴する市民に親しまれる建物となるためにデザインは非常に重要です。設計・施工者である竹中・西松建設共同企業体の持つ高度な技術力とともに、デザイン監修者として槇(文彦)先生に参画いただき、細部まで目が行き届く仕組みを取り入れたことは非常に良かったと思います」

超高層かつ大規模公共建築の建設ではWTOへの対応とともに地域活性化の観点から市内企業が参加しやすいプロジェクト体制の構築も模索した。

「竹中・西松JVのもとにコンソーシアムの体制を築いていただくとともに、市内企業が参加しやすい工種・工事規模の別途工事も20件程度設定しました。現場の管理は複雑になり苦労もおかけしましたが、市のシンボルとなる施設の建設に市内の企業が誇りを持って参加いただけたことをうれしく思っています」

22年度には100周年を記念したさまざまなイベントを職員の発意により企画している。

「この100年、われわれ行政だけで公共建築を造ってきたわけではありません。建設業界の皆様に支えてもらい、今日にたどり着いた。100年の歴史は横浜の建設業界の歴史でもあるわけですから、ぜひ一緒に盛り上げていきたい」

「同時に市民、エンドユーザーの皆さんとも一緒にこの100年をふり返り、その建物が造られた経緯や設計者の込めた思いなどを共有できる機会にしていきたい。それによって身近にある公共建築物への愛着や親しみも増してくると思います。11月11日の『公共建築の日』前後にシンポジウムなどさまざまな催しを準備しているほか、公園トイレの公開コンペも実施します。若い人が夢と希望を持って建築の仕事をやってみたいと思えるようなメッセージを発していきたい。これまでの100年をふり返る中で今後その先の100年がどうあるべきかを考える機会にしたいと思っています」


 

【プロジェクト概要】

周辺の高層建築群との調和を目指す高層部のデザインは、白いシルクの質感と垂直性を基調としている*

横浜市の新しいシンボルとして、人々を迎え入れる「街」のような空間の低層部と、議会部分を独立させた中層部の視認性の高いデザイン、周囲の街並みと調和するシルクのような質感をまとった高層部の3層構成とした。多くの市民が集まるアトリウムは外装・屋根・天井をすべて免震建物からの吊り架構とし、多彩な市民活動を支える開放的な大空間を実現。大岡川沿いの水辺空間など、街に向けて開かれた賑わいの空間と商業施設や市民ギャラリーによってつながることで市庁舎内外にわたって回遊できる歩行者ネットワークを形成している。

水辺空間。低層部の大岡川沿いには水際線プロムナード、水辺広場、橋詰広場が設けられ、人びとが憩い回遊できる水辺空間をつくり出している*

BCP(事業継続計画)対策では、高い構造性能を有する中間免震に加え制振装置を設置したハイブリッド免震を採用した。什器転倒を防ぎ大地震後も業務継続できる。主要な設備機器は津波などの浸水の恐れのない免震上階(4階)に設置するなど、災害時にも庁舎機能を維持し危機管理の中心的役割を果たす。

8階以上の高層部には行政機能を集約。外装の白いセラミックプリントと透明感あるダブルスキンによる日射遮蔽や垂直性を強調するマリオンを利用した職員参加型の手動自然換気システムなど、意匠と設備が融合した省エネ機能を随所に取り入れた。全面輻射空調、DHC熱源設備、地中熱利用、クラウドBEMSなど環境配慮技術も積極導入し、CASBEE横浜認証制度Sランク、BEMS★★★★★、ZEBReadyなど、環境に配慮した低炭素型の市庁舎を実現した。

 

【建築概要】
▽敷地面積=1万3142㎡
▽延べ床面積=14万2582㎡
▽構造規模=S造(柱コンクリート充填鋼管造)など・中間層免震構造+制振構造地下2階地上32階建て塔屋2層
▽最高高さ=155.4m
▽工期=2016年2月契約、17年8月着工、20年5月工事完了
▽CMR=山下PMC・山下設計共同企業体
▽設計施工=竹中・西松建設共同企業体
▽設計監理=竹中工務店・槇総合計画事務所
▽監理=NTTファシリティーズ
▽デザイン監修者=槇文彦氏
*横浜市提供



 

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