原田左官工業所(東京都文京区)は、業界で異色だとされる「店舗左官」という独自のジャンルを見いだし、伝統的な左官の技術を土台に常に新しい技術を探求して表現の幅を広げている。いまや「店舗左官といえば原田左官」とまでいわれるようになった同社の原田宗亮社長は、「手仕事の良さは決してなくならない。人が左官の手仕事に引かれ、心地良さや安らぎを覚えるのは本能だ」と、左官の未来を決して悲観していない。SDGs(持続可能な開発目標)や健康の観点からも注目されるいま、“古くて新しい”左官の魅力を発信し、常に新しい未来を切り開く。
「これほど店舗の仕事ばかりしている左官の会社も珍しいでしょうね」。原田社長はそう自信をにじませる。左官には1000年以上の歴史がある。1970年代の全盛期には30万人ほどいたといわれる左官職人は、7万人にまで減った。それでも同社は現在、月間100件超、年間で1500件ほどの案件を手掛ける。その内訳を見ると、店舗の内外装が8割と主軸を担っている。
「懐が深く、あらゆるものを許容する」と表するように、左官は自由自在な“素材”だ。「手仕事であるからこそ、オリジナルなものをつくりやすいという魅力がある」。“モノ消費”ではなく、“コト消費”や体験価値が重視される昨今、「ブランドのストーリーを語らせるのに左官ほどうってつけの材料はない」ときっぱり。「材料と動作の組み合わせによって左官の表現は無限にあり、店舗のコンセプトやストーリーに合わせたオリジナルな素材をつくりやすい」からだ。
店舗左官において、建築家やデザイナーとの仕事は、常に新しい挑戦の連続だ。最近では、これまで左官材に混ぜ込まれなかったような新材料の持ち込みが増えた。例えば、リサイクルガラス、茶葉、コーヒー豆、アーモンド。ある案件では、「自然の贈り物」をコンセプトにしたブランドメッセージに合わせて、茶葉を取り入れたテラゾをつくりたいとリクエストされた。打ち合わせを重ねてイメージを共有し、数種類の茶葉と小石、色粉の分量や組み合わせを調整し、何通りも試作した。最終的には玉石と茶葉の美しい断面がちりばめられたオリジナルのテラゾが仕上がった。
事前にサンプルをつくるものの、それをそのまま仕上げることはない。現場で生まれる空気感に加えて、建築家、デザイナーの意図をくみ取り試行錯誤の末にイメージを形にする。「初めてのものをつくるだけあって大変だが、面白さは現場にある」。“化学反応”が、「そこでしか生まれない唯一無二の表情をつくり出す」のが左官の魅力。
「その土地ならではのものを混ぜてみたい」という提案も増えた。伊豆のお菓子処「石舟庵熱海店」では、天然土の仕上げ「風土」をカウンター、いすなどに施工するに当たり、伊豆各地の土を採掘可能な場所で集めてふるい、微量の樹脂を混ぜ強度を出して塗りつけた。かつて日本列島にぶつかってできた伊豆という土地の影響なのか、近いエリアの中でも多様な色の土が取れるため、さまざまな色合いの優しい仕上げとなる。伝統的な左官の技術を土台に、柔軟な姿勢で表現の幅を広げている。
同社には、土間から漆喰(しっくい)のスペシャリストまで多彩な職人が50人ほど在籍し、要望に合わせてチームを組む。4月に4人入社したが、そのうち3人は女性。約30年前から取り組む女性職人の育成はもちろんのこと、時代に合わせて左官職人の育成に注力している。
天候の問題もあり、出勤日が安定しない現場で職人が長く働き続けるためには、「現場だけでない働き方」も模索している。その1つが、素朴な風合いからマンションやビルのエントランス、飲食店などに多く使われる塗り版築をパネルに施工して納品するパネル納品だ。事前に製作しておけば、現場では設置作業のみ。工期を短縮することもできる。
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