【記念シリーズ・横浜市公共建築100周年】第5回(下) みなとみらいの「マスターピース」 | 建設通信新聞Digital

4月29日 月曜日

横浜市公共建築100年

【記念シリーズ・横浜市公共建築100周年】第5回(下) みなとみらいの「マスターピース」

開館当時の美術館(©村井修)

【横浜市建築局公共建築部施設整備課担当係長 永山 智文氏/みなとみらいの「マスターピース」】
横浜駅周辺と関内・伊勢佐木町に分断されていた横浜の都心部を一体化し、都市機能を集積・拡大することを目的に83年から臨海部の再開発事業に着手したみなとみらい21地区。その街びらきとともに市制100周年・開港130周年を記念して開催された横浜博覧会のパビリオンの一つとして、横浜美術館は89年3月に開設された。博覧会終了後、開発は本格化。その後の社会情勢などによって幾多の曲折を経ながらも横浜の発展をリードする街として着実に発展し続け、21年12月時点での事業者数は約1850社、従業者数は過去最高の約12万5000人に達している。

美術館周辺の開発も目覚ましい。大型ショッピングセンターや超高層のビル、マンションが立ち並び、創建時には眼下に広がっていた海もいまは見ることができない。その中にあって、横浜市建築局公共建築部施設整備課の永山智文担当係長は「美術館はみなとみらいのマスターピース」と指摘する。時代とともに街は様変わりしても「緑と水の都市軸」への配慮とともに、周囲に建つ後発の建物には「美術館に対する意匠的なリスペクトがある」と、その影響力の大きさを説明する。

子どもアトリエの活動


「すべての始まりであり、また帰ってくる場所でもある」とも。それは都市計画的な意味合いだけではない。一つひとつのディテールにも揺るぎない、建築が持つ圧倒的な存在感が磁力となって引きつける。他方、「子どもたちの自由な活動も許容してくれる。シンメトリーの堂々とした建物の前で水と戯れる子どもたちの姿は、街の風景にこの建物が溶け込んでいる、建物がこの街の中で生きていることを感じさせる風景だ」と永山氏は語る。

◆成熟する街の迎賓施設に/感性に訴える豊かな建築空間を 
 大規模改修工事は21年10月からスタートした。2年以上の長期休館は開館以来初となる。88年3月の竣工以来、30有余年が経過し、老朽化が進む施設や設備を更新して長寿命化を図るとともに、「あらゆる人に開かれた新しい価値を創造・発信し続ける美術館」を今後の使命=ミッションに掲げ、より使いやすく心地のよさを感じられる空間へとブラッシュアップしていく。再開館は23年度中を予定している。

具体的には、「サイズ感を含めてアートのあり方や、アートを観る環境も変わってきている」ことから、常設・企画展示室とも天井高さを上げ、展示作品に対する照明の当て方も見直すなど、「専門家を交えてモックアップによる検証を行いながら、できるだけ多様な作品に対応できる形にしていく」考えだ。美術情報センターは現在の3階から2階広場に面した場所に移設することでより多くの市民が利用しやすいようにしていく。美術資料を継続して収集するため、移設後の3階は将来的な収蔵スペースとする。空調設備更新のほか、高齢者・身体障害者のためのバリアフリー対応として、グランドギャラリーとレクチャーホールにはエレベーターを増設する。グランドギャラリー天井の開閉式ルーバーも更新し、より明るく開放的な空間での展示やイベントを可能とする。耐震補強も実施する。

展示室のライティングをモックアップで検証する丹下氏ら


「丹下健三の教えを受けたものとして、またこのような機会を頂戴できたことは光栄なことであり、この街の発展を目の当たりにして、身の引き締まる思いでこのプロジェクトに参画させていただいている」と丹下会長。「美術館前のグランモール公園に見られる、これほどまでの人の往来、賑わいが創建当時、想像できただろうか」とした上で、今回の大規模改修では「次の30年、50年に向けて、市民や来訪者がより来館しやすく、芸術作品に親しめるようにしたい」と意気込む。

とりわけ、グランドギャラリーについては「あり方そのものをゼロベースで検討し、機能面を含めてさまざまな使い方を検証した」と語る。市や美術館など関係者からの要望も丹念に聞き取り、対話を重ねながら、「何ができるのか」を探った。事務所として「父がそうであったように、形を残すことにこだわりはなかった」という。原点を忘れず、根底や根幹を担う部分は受け継ぎながらも、時代に応じたアウトプットを行う。『TANGE DNA+』がそこにある。

今回は最終的に「当初の意味合いを大切に残すべきだという結論に達した」。それは「美術館だけで完結しているのではなく、街全体として、みなとみらいをより活性化するためのあるべき姿を考え、横浜の街として、このスペースを使っていこう」という意思の表れでもある。「従前以上に街に開放していくことで周辺の建物との関係性をより強くし、連携して賑わいをつくっていく。これまでの30年は街の成長とともにあったが、これからは成熟した街とどう関わり、そこで何が起こるのか、グランドギャラリーの様(さま)は変わっていないようでも、じつは大きく変わりましたという姿を改修後にお見せできたらうれしい」と思いを込める。

念頭にあるのはパリのオルセー美術館やニューヨークのメトロポリタン美術館(MET)だ。例えばMETで毎年5月に開かれるファッションの祭典、METガラのように「美術館にいろいろな方々が来られてエンジョイしてもらう。そういう意味で街の中心として使っていただきたいという気持ちがある」とも。

国際会議のレセプション会場としても活用されている


実際に、市では国際会議などと連携したアフターコンベンションやユニークベニューとしてのグランドギャラリー活用に取り組んでおり、改修を機にさらなる利用促進を図る考えだ。「横浜の迎賓施設として、美術館とは別の機能として使わせてもらっている。これだけのしっかりとした空間があるからこそ成立している」と永山氏。

丹下氏は「体験型の美術館という30年前の構想は将来を見据えたすばらしいアイデアだった」とした上で、今後の果たすべき役割については、「アートの多様性を生かしながら、あらゆる人に開かれた場であることが求められる」とし、情報化・自動化が進む中で「人間性を回復するための場」としての役割にも言及。そのためにも「直面するさまざまな社会的課題を解決し、市民・来訪者に対して新しい価値を提供していく」ことが必要だとみている。

「将来何十年先のニーズの変化にも対応できる余地がある美術館である」との自負を込めながら、「情報化・デジタル化が進めば進むほど、人と人が直接交流する空間の存在が大切になる。美術館では本物の芸術作品を直接見ることの意味もより大切になる。人間の感性に訴える豊かな建築空間がますます大切になってくる」とその先を見据える。

◆プロジェクト概要
 横浜美術館は、国内自治体設置美術館では有数の約1万3000点にのぼるコレクションを所蔵。開港以降の絵画、写真、彫刻、工芸など作品は多ジャンルにわたり、特にシュルレアリスムの時代を中心として、ダリ、マグリット、ピカソ、セザンヌなど近現代の西洋絵画が充実している。また横浜の歴史に根ざした美術品も多数収蔵している。吹き抜けの開放的なグランドギャラリーと7つの展示室のほか、11万冊を超える蔵書を擁する美術情報センター、多彩なワークショップを行うアトリエ、レクチャーホールなどを備える。
 1988年3月に建物が竣工。規模はSRC一部RC・S造8階一部3階建て延べ2万6829㎡。設計・監理は丹下健三・都市・建築設計研究所(現丹下都市建築設計)、施工は竹中・清水・奥村・東急・佐藤・奈良JVが担当した。
 大規模改修工事は、設計を丹下都市建築設計、施工は建築が清水建設・小俣組・三木建設JV、空気調和設備を川本工業・ヨコレイ・関東設備JV、電気設備を共栄・シンデン・矢口JV、衛生設備をエルゴテック・杉山管工JVがそれぞれ担当している。工期は23年8月31日まで。工事場所は西区みなとみらい3-4-1。



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