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【明日のパレット(4)】心と心結ぶ目に見えない建築/建築家 小堀哲夫

最終更新 | 2025/07/16 10:04

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 中国には「民以食為天(人にとって食べることは最も大切だ)」という有名なことわざがあり、これは単に食べることの重要性だけでなく、食事を通じて人と人との絆を深めることが大切だという意味も含まれている。

 僕が初めて海外に足を踏み入れたのは、大学時代のインドネシアだった。あの頃、僕は陣内秀信研究室に所属し、建築を学ぶ傍ら、世界のどこかで何かを見つけたいと思っていた。研究室ではイタリアだけでなく、アジア圏やイスラム圏の調査も始まっていて、イスラム教徒が多いアジア圏のインドネシアに自然と引かれた。

 バリには独特のバリ・ヒンドゥーの世界観がある。またボロブドゥールという巨大な仏教遺跡があり、ジョグジャカルタにはプランバナンという美しい遺跡もあった。中心であるイスラムやインド、ヨーロッパから遠く離れたこの辺境の地に、何があるのか。興味は尽きなかった。

 当時、a+uという雑誌でレム・コールハース特集が組まれていた。彼は幼少期をジャカルタで過ごしたという。その体験が彼の建築の根っこにあるのだろうか、とぼんやり思った。僕の調査地はジャカルタのコタ地区。コロニアルスタイルの建築が今も色濃く残る場所だ。インドネシアはかつてオランダの植民地で、デルフトの都市構造を参照し、水路ネットワークを持つ都市が築かれていた。その痕跡を辿るのも、僕の関心の一つだった。

 1泊500円ほどの安宿。小さな窓があるだけのコンクリートの四畳の部屋で、一人きりで1カ月を過ごした。生水にあたり下痢や嘔吐(おうと)に苦しみながら、気になって仕方がなかったのは路地に並ぶ食べ物だった。夜遅くまで人々が集まり外でにぎやかに騒いでいる。コンクリートの壁に囲まれながら、その喧騒(けんそう)を子守唄のように聞きながら眠るのは、不思議と心地よかった。孤独ではないと感じられた。

 やがて僕の興味は、屋台そのものに向かっていった。店を持てない人たちが小さなリヤカーを引き、天ぷらや氷と一緒に入ったフルーツ、サテ(甘辛いタレをつけて食べる焼き鳥)、ナシゴレン(目玉焼きの乗ったチャーハン)、チキンスープの麺類、さらにはお供えの花や日用品まで、ありとあらゆるものを売っていた。日本のホンダのカブに小さな箱をつけてラーメンを作る人もいた。そこには機能的な美しさと手際良さ、そして生きるたくましさがあった。簡易な椅子や路上に座って食事をし、語り合う人々の姿は、どこか懐かしく、うらやましくもあった。

バリ・モンキーフォレスト通りの屋台とラーメン


 よく観察すると、食器は小さなバケツの水で洗われ、その水を犬たちが飲みに集まってくる。衛生的には問題だが、犬までもが屋台に引き寄せられていた。食べるのには最初、勇気が必要だったが、体が慣れると、夜ごと屋台を巡って料理を味わうのが楽しみになった。日焼けして現地の人と見分けがつかなくなった僕に、屋台の人々はよく話しかけてきた。

 屋台で出会ったジャカルタ中央図書館の司書は、僕が調査していることを知ると、翌日、貴重な古地図を全てコピーしてくれた。ある日は仲良くなった男性がホテルの部屋に来て、パンツ一枚になって全身マッサージをしてくれた。今思えば少し危なかったが、疑いもなく心を開かせてくれる国だった。喧騒の中で眠りにつく幸せ、密集した都市で生きる喜び、屋台を通して人々のたくましさと楽しさを目の当たりにした。

 スイスの山奥、友人の家での食卓もまた、忘れがたい時間だった。何本も電車を乗り継ぎ、駅で迎えてくれた友人夫婦の家。家族も集まり、鉄板焼きを囲んだ。日本の鉄板焼きのようではあるが、二重構造になっている。名前はラクレットグリルといい、上の鉄板で肉や野菜、ソーセージを焼き、下の鉄板でとろけるチーズを温める。焼けた具材に熱々のチーズをかけて食べる。チーズフォンデュとは違い、好きなタイミングで好きな焼き加減のチーズをかけ、ワインを飲みながら語り合う。

スイスのラクレットチーズ


 言葉が通じなくても、食卓とラクレットグリルが空間を温かく満たしてくれる。その幸福感に、僕は帰国後すぐミニラクレットグリルを買ってしまった。

 エチオピアの家でのコーヒーもまた、心に残る体験だった。タファリさんというガイドの方が家族の家に招待してくれたのだ。テーブルいっぱいに並んだ、インジェラという発酵生地で、煮た豆や柔らかく焼いた肉、野菜を包んで食べる。最後はコーヒー。炭をたき、土鍋で生豆をいるところから始まる。「ムカチャ」と言われる土のすり鉢で豆をひき、土の丸底のポットで煮出す。乳香の煙に包まれ、小さなカップに香り高いハーブ「テナ・アダム」を浮かべて飲む。

エチオピアの伝統料理とコーヒー


 香り高く、苦味と共にハーブの爽やかな味わいで、何か濃い栄養植物を煮出して飲んでいるような感覚だが、とてもおいしい。帰国後、文化人類学者の川瀬慈さんから、コーヒーを入れる時の乳香の煙と密度の高い空間が、精霊を呼ぶ儀式だと教わった。アフリカの生命の起源を、食と身体で感じた調査だった。

 食は、建築と同じく、国境や言語を越えて人をつなぐ。屋台の喧騒も、山の静けさも、煙に満ちた小さな部屋も、すべてが僕の中で「空間」として記憶されている。それは、物理的な壁や天井を超え、人と人、心と心を結ぶ、目に見えない建築なのだ。食卓の上に広がる風景は、時に都市文化の縮図となり、時に家族の歴史を刻む場となる。食という行為を通じて、空間は生き物のように呼吸し、僕の記憶や感情を優しく包み込んでいく。

 写真、イラストは全て小堀氏提供

エチオピア アジス・アベバで

 このシリーズは、建築家の方々に旅と建築について寄稿していただいています。次回は高松伸氏です。

 

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