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【3Dプリンター住宅は日本の勝ち筋】セレンディクス

◆24時間以内に施工が完了/最高レベルの断熱、耐震基準

 車を買う価格で家を買い、住宅ローンのない自由な社会へ--。日本初の3Dプリンター住宅「Sphere(スフィア)」を23時間余りで完成させたことで話題を集めたセレンディクス(兵庫県西宮市)は、「世界最先端の家づくり」を目標に掲げる。販売価格が330万円と手頃なこともあり、2022年度販売分の全6棟は既に完売した。さらなる施工時間短縮を目標に大手企業など189社のコンソーシアムの協力を得て、オープンイノベーションで研究開発を進めている。「自由を阻害している最大要因の“家”を、ゼロから再発明する」と語る飯田国大COOに、3Dプリンター住宅について聞いた。

「Sphere(スフィア)」(提供:Clouds Architecture Office) 火星の強風にも耐えられる球体設計は直方体の住宅よりも頑丈という

 同社は、電気自動車のベンチャー企業の創業経験を持つ小間裕康CEOと、東南アジアで高級コンドミニアム建築を手掛けていた飯田国大COOの二人が、“世界最先端の家”をつくるために2018年に設立した。

 「30年の住宅ローンを本当に払い続けられるのか」と、疑問を抱いたことがきっかけだった。日本人の住宅ローンの平均完済期限は73歳。それも全ての日本人が住宅ローンを組めるわけではなく、約4割の人は一生涯住宅を持てない。この割合は過去10年間で約10%も増加している。

 そこで、車を買い替えるように家を所有し、人生の節目に買い替えることができるような、安く手軽な住宅を開発できないか調査した結果、先行する欧州などでは複数の企業が3Dプリンターを活用した住宅開発に取り組み、提供を始めていたことが分かった。だが「海外の住宅メーカーは既存住宅の延長線上で開発を行い、施工時に必ず鉄筋などの構造体を必要としていた。コンクリートを積み重ねる際、作業者が鉄筋を差し込む必要があるため、人件費が安い国でしか経済的にも成立しない」と感じた。このため、飯田氏は「鉄筋を必要としない、新しいコンセプトの3Dプリンター住宅を考案、“世界最先端の家”を再発明したい」と考えた。

 22年に完成した10㎡の「Sphere(スフィア)」は、直径約3.3mの球体(Sphere)の形状となっている。直方体の住宅に比べて自然災害に対して耐久性が高いという。

 デザインは、米航空宇宙局(NASA)の火星移住プロジェクトのデザインを手掛ける建築家・曽野正之とオスタップ・ルダケヴィッチの両氏が担当した。設計は日本、米国、オランダ、中国の企業コンソーシアムが手掛けた。飯田氏は「世界一基準が高いと言われるヨーロッパの断熱基準をクリアする壁面二重構造をはじめ、地震大国・日本の基準を満たす構造設計など、世界最先端の設計技術を結集した」と強調する。今後もさらなる耐震性能の強化に向けた実証を行う。

スフィア内部のイメージ (提供:Clouds Architecture Office)

 試作住宅では、最先端のロボット工学による3Dプリンターを使用した。可能な限り人の手を使わず、ロボットのみで作業が可能な設計とすることで、約20tある躯体の組み上げを3時間で完了させた。防水処理や開口部などの住宅施工も23時間12分で完了した。
 ゼネコンからの注目度も高いが、実際の開発は大手企業を含む189社(9割が日本、1割が海外企業)のコンソーシアムの協力を得て進めた。「コストを抑えた材料を開発するのに3年は必要だと思っていたが、わずか2カ月で完成させることができた」(飯田氏)と語るとおり、オープンイノベーションが力を発揮した。

 さらなる施工時間短縮の一環として、工程の中で3分の2の時間を要した外壁塗装などの仕上げ工程を、3Dプリンターで出力できる設計に変更し、仕上げ施工箇所のロボット化を進めている。
 24時間以内に住宅をつくるという設計は「時間とコストの削減だけではなく、大規模な自然災害時に外部の送電網に頼らないオフグリッド技術を使い、被災地に安心と快適性を提供できるようになる。住宅施工の常識を変える大きな可能性がある」と確信する。

 既に完売した今年度分のスフィアは、静岡県、長野県、大阪府、岡山県、福岡県、大分県に設置する予定だ。同社の3Dプリンター住宅は「土地代が安く、必要なときに都市に行ける距離につくることができる」との利点を生かし、政令市から90分のエリア内に設置することを目指している。
 3Dプリンターは、基本的に建設予定地にプリンターを持ち込み出力して現場で施工するが、あえて「“水平分業の住宅づくり”」に挑んだ。同社は設計・開発に特化し、3Dプリンターの出力は海外のメーカーと、住宅施工は住宅施工会社との協業で行った。こうして世界中でデジタルデータを共有できることが、3Dプリンターの強みと言える。

球体の家の出力には高度な技術が必要になるが、3Dプリンターの特長を生かし、基本モデルから多様なバリエーションを建設できる(提供:セレンディクス)

 飯田氏は「アンビルドと呼ばれていたものができるようになり、日本の建築家が海外で活躍しやすくなる。従来の住宅建築の概念が覆る」と見据える。その上で「日本は3Dプリンター住宅の世界で勝ち組になることができる」と確信する。その根拠は、地震大国ならではの耐震基準だ。「当社だけでスフィアをつくろうとしていたら課題だらけだった」と語るように、日本のエンジニアがいたからこそ、高い日本基準の耐震性能を満足させる構造設計にすることができた。今後も、世界最先端の家づくりに向けてさらなる耐震性能強化の実証を行う。

 一方、課題として未来感ある家を意匠で表現できる人が少ないことを挙げる。「入った瞬間、直感的に未来の家だと感じさせる意匠家と積極的にコラボレーションしていきたい」と話す。

 直近では、慶応大とタッグを組み、夫婦2人が住める49㎡の3Dプリンター住宅を共同開発した。今春から「フジツボモデル」としてテスト販売する。「ローンを完済したらすぐにリフォームをしなければいけなくなった」。そんな悩みを抱える60歳以上の顧客からの引き合いも多く、3000件近く問い合わせが来ているという。

二人暮らしを想定した「フジツボモデル」 (提供:慶應義塾大学KGRI環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センター)


 飯田氏は「世界中から参加するコンソーシアムの協力があったからこそ、令和時代の“一夜城”を実現することができた。今後も施工技術をさらに高度化するため、ぜひオープンイノベーションで協力をお願いしたい」と呼び掛ける。25年の大阪・関西万博への出展に向けた事業提案にも応募している。





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