
「六本木アートナイト2023」に先駆けて展示するインスタレーション『100 colors №43「100色の記憶」』。100色のグラデーションと、六本木ヒルズが開業した03年から20年を迎える23年の年号が織りなすインスタレーションは、記憶と時の流れを表現している。「六本木ヒルズが、色あせないカラフルな記憶を胸に、次のステージに進むように」との願いを込めた。東京での発表は5年ぶりとなる (撮影:志摩大輔)
自ら感じた色の喜びと魅力表現
六本木ヒルズ開業20年にもインスタレーション
巣鴨信用金庫シリーズの建築設計、国立新美術館の「数字の森」「100 colors 」シリーズなど空間デザインも代表作に持つ、フランス人建築家エマニュエル・ムホー氏。今年、設計事務所の設立から20周年を迎えた。「初めて東京を訪れた時に抱いたエモーション(感情)を、多くの人々にも知ってほしい」と、自らが感じた色の喜びと魅力を表現し続けている。都市を印象的に彩るムホー氏の数々の作品は、「色」によって豊かな感情を表現している。4月22日からは、同じく開業20年を迎える六本木ヒルズに、100色のグラデーションが織りなすインスタレーション(空間芸術)を展示している。
祖国フランスで建築を学んでいた学生の頃から、日本文学が好きだった。伝統的な日本についての知識はあったが、インターネットも一般的ではない当時、同時代の日本の情報は集めることが難しかった。フランスの国家建築家免許取得のための論文調査もあり、初めて来日した。その日の記憶は鮮明に残っている。
成田空港から電車で都心へ向かう途中、一瞬の出来事だったが、田園風景に鮮やかな青色が見えた。「最初はプールかもしれないと思ったが、住宅の屋根だった。緑が青に変化していく風景に、心が動かされた」

巣鴨信用金庫志村支店。「虹のミル・フィーユ」をコンセプトに、虹が現れたようにせり出した12色の層が人々を迎える。夜間に層がLEDでライトアップされ、季節によって光を変えればさまざまな風景が楽しめる(撮影:志摩大輔)
東京に魅せられ、わずか2時間で東京に住もうと決めた。フランスに戻って建築家の資格を取得し、2カ月後にはスーツケース一つで日本に移り住んだ。
建築家となったムホー氏は、ふすまや障子など、空間を自由に「仕切る」日本の伝統に引かれたが、「それが次第に消えていくのが悲しかった」と振り返る。「仕切る」伝統を新しい形でよみがえらせたい。その思いは、色で空間を仕切る「色切/shikiri」のコンセプトを生み出した。設計を担当した巣鴨信用金庫シリーズもその一例だ。2009年から6支店の設計を手掛けたが、いずれもカラフルな色彩で看板がない。「信金らしくない信金」は話題を集め、全国から見学者が訪れている。
◆川上段階から「色」を
ムホー氏にとって東京は、「色の魅力を教えてくれた場所」だが、「街には色があふれていながら、建築やインテリア空間には色が使われていない」と指摘する。空間、建築において、色はどうしても最後の仕上げという位置付けになる。「最後の最後になって、壁の色をどうしようかという話になる。すごくもったいない。だからこそ、デザインの最初に、色を2次元ではなく3次元で存在感あるものとして捉え、空間構成を考えている」と説明する。
20年に開通した台湾・台北市中心部約35㎞の地下鉄環状線プロジェクトは、川上段階から都市スケールで「色」を重視した。台北市中心部から放射状に広がる既存路線を大きな円を描きながら統合し、交通網を飛躍的に向上させる画期的な路線だ。発注者の台北市政府捷運工程局(DORTS)が、交通機関である環状線そのものを街のパブリックアートとして展開した世界初のプロジェクトとして注目を集めた。ムホー氏も、11年にDORTSから依頼を受け、色を使うアーティストとしてパブリックアートを手掛けた。
ムホー氏は、アートコンセプトに「shine」を掲げた。DORTSが打ち出した「駆け抜ける雲のように、竜は数千マイルの旅をする」というテーマと、ラインカラーの「イエロー」にインスピレーションを受け、「竜」と「イエロー」から連想した太陽の光のイメージをもとに「駆け抜ける竜のうろこに光が反射し、環状線全体にその輝きが広がるように」との思いを込めた。
5色のイエローをベースに街中に壮大なパブリックアートを展開した。地下鉄の総延長34.8㎞のうち、地上を走る14.5㎞を対象に、4両編成の車両の内装と外装、スチール梁8㎞、遮音壁10㎞、高架下のスチール柱200本、プラットホーム13駅、橋1カ所など、街の広範囲にわたってアーティスティックデザインを手掛けた。「虹色が現れる特別な場所を一つだけサプライズで演出した点も、楽しんでほしい」と語る。
◆地域活性化にも
4月14日には、道後温泉本館の保存修理期間中に地区を活性化させる目的で、温泉周辺を芸術作品で彩るイベント「道後アート2023」が開幕した。ムホー氏は、100色を取り入れたシンボル作品を展示している。「新しい建物をどんどん建てるには時間がかかるが、色を生かしたインスタレーションがあれば、それだけでその場や街が変わる」。これまでの地元集客だけでなく、観光人口の拡大やインバウンド(訪日外国人客)の獲得にも一役買いそうだ。
初来日から27年。色を効果的に使った建築や空間提案を得意とするムホー氏の評価は高まり、近年は海外からの依頼が8割を超えている。「色を通して一人でも多くの人にエモーションを届けたい」。その思いを胸に、建築や空間デザイン、アートなど多様な作品を創り続ける。「いつかは、東京のエッセンスや色を凝縮し、誰よりも日本を代表する、日本らしい建物をつくりたい」。色を生かす挑戦はこれからも続く。
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