◇激動の1年 変化を好機に
2024年は、建設業界にとって非常に重要な1年となった。元日に発生した能登半島地震では地元建設企業、全国ゼネコンなどが道路啓開や応急復旧作業に尽力し、改めて建設業界の使命と役割を知らしめた。4月には時間外労働の罰則付き上限規制が適用され、働き方改革に対する意識がより高まった。6月には第3次担い手3法が成立、労務費の基準(標準労務費)という新たな仕組みづくりが始まり、その成り行きに熱い視線が向けられている。再開発事業や自治体発注の大型案件では事業の中止・延期、入札の不調などが相次いだ。一方、AI(人工知能)や3Dプリンティング技術の活用ステージも変わりつつある。総括記者座談会で今年1年の話題を振り返る。
◇第3次担い手3法が成立/標準労務費で見積り商慣習化
A 建設業行政に関する2024年最大のニュースは何と言っても第3次担い手3法の成立だ。建設業法、入札契約適正化法(入契法)、公共工事品質確保促進法(品確法)が5年ぶりに一体改正されたね。
B 持続可能な建設業の実現をキーワードに、処遇改善、価格転嫁、働き方改革、生産性向上など建設業を巡る課題を踏まえた措置が新設され、主要建設業団体トップからは歓迎の声が上がった。
C 残念な点が一つある。社会に不可欠なエッセンシャルワーカーの建設業を良くするための法改正なのに、議員立法の品確法など改正案に一部の参院議員が本会議で賛成の起立をしなかったことだ。
D 成立の瞬間を議場で取材したけど、全会一致にならなかったのにはがっかりしたよ。
A ところで、民間工事も対象になる改正建設業法の目玉は標準労務費の作成だ。いまはどういう状況なの。
B 中央建設業審議会のワーキンググループ(WG)で発注者、受注者、学識者らによる議論が9月にスタートし、検討の基本的な考え方が固まった。職種別の作成に向けて国土交通省は、先行検討職種に位置付けられた型枠、鉄筋の各専門工事業団体などとの意見交換も個別に始めた。
C 労務費は技能者に支払われる賃金の原資であり、担い手確保に必要な適正水準を示すことが標準労務費作成の目的だ。
D 改正建設業法で25年12月までに施行される「著しく低い労務費等による見積もり・見積もり依頼の禁止」の運用に当たって、行政が指導監督する際の参考指標にも使われることから、25年11月ごろまでの中建審による勧告を目指している。
B 国交省は、標準労務費の作成を機に、見積もりと書面での契約を建設業界の商慣習として定着させたいとしている。上流から下流へ価格が決まるのではなく、適正水準の労務費を積み上げることで下流から上流へ価格が決まる形に変える必要性を示す。
C 標準労務費の実効性確保に向け、建設業界からは建設Gメンに対する期待の声が多数聞かれる。13日には価格転嫁・工期変更協議円滑化ルールも施行されたし、25年は建設Gメンの活動が一層注目されるね。
◇今年も激甚災害が多発/国土強靱化の歩み加速
A 元日、新年の幕開けとともに発生した能登半島地震は、マグニチュード(M)7.6を記録し、石川県輪島市、志賀町で震度7を観測した。この地震により、石川県能登に対して大津波警報、山形県から兵庫県北部を中心に津波警報が発表され、列島が緊張に包まれたことはまだ記憶に新しい。
B 冬の厳しい寒さの中、住宅やライフラインに甚大な被害が生じ、輪島市では市街地火災による複合災害も発生した。富山、新潟両県などを含む広範囲で液状化も起きた。海岸地域の激しい断層の隆起に目を疑った人も多いだろう。死者は約400人、負傷者は約1300人に上り、住宅被害のほか、長引く断水や停電などにも苦しめられた。
C その一方で、地域の守り手、災害対応の担い手である建設業界の力が大いに発揮され、存在の重要性を改めて認識させる出来事もあった。日本建設業連合会や石川県建設業協会などの会員企業は、発災直後から道路啓開や河道閉塞(へいそく)、地すべり対策などの緊急工事に従事した。自らが被災者だったり、寝る場所や十分な食事の確保もままならなかったりする中でも、各社社員らが使命感を胸に応急対応に当たった。
D 気候変動の影響は顕著で、今年も豪雨災害が頻発した。7月には山形、秋田両県で堤防決壊や土砂崩れ、住宅浸水などの甚大な被害が発生。そんな中、なぜいまここで、としか言いようがなかったが、9月には能登半島で線状降水帯による記録的な大雨が降ってしまった。幹線道路などの応急復旧にめどが付き、これからが本番という矢先、豪雨による再度災害の発生は被災者だけでなく、復旧に携わる工事関係者の心も折った。
B 8月に宮崎県・日向灘を震源とするM7.1の地震発生を受け、気象庁から初めて発表された南海トラフ地震臨時情報「巨大地震注意」にも肝を冷やした。
C 連絡体制の確立や安全な場所への避難、現場の点検など、緊急時に建設現場で取るべき行動は、国の指針などに定められているが、実際にこのような事態に直面すると、どうしてよいのか分からず右往左往してしまう。それぞれがBCP(事業継続計画)を再考するきっかけにもなったのではないか。
D 思い出したくもないけれど、夏の暑さも災害級だった。消防庁のまとめによると、5-9月の熱中症による救急搬送人員は累計9万7578人に上り、前年同期より6000人以上多かった。工事現場などを含む仕事場での発生は全体の1割超を占める。
A 政治の安定は気になるところだが、自然災害は間違いなく頻発化・激甚化しており、防災・減災、国土強靱化の歩みを緩めている暇はない。災害現場だけでなく、日常の建設現場も過酷さを増している。人手不足の一方で、労働時間規制も始まった。建設生産システム全体において、ここで大胆に変化、進化できなければ業界に先はない。
◇大規模プロジェクト断念・延期/相次ぐ入札不調・不落
A 働き方改革関連法の適用開始と担い手不足を背景に、建設業界で数年前からささやかれていた工事費の上昇と民間プロジェクトの断念・延期、公共施設の不調・不落といった事態が顕在化した年となった。
B 民間プロジェクトのスケジュール変更で大きな話題となったのは、東京都中野区の中野サンプラザ跡地で計画されていた「中野四丁目新北口駅前地区第一種市街地再開発事業」だ。施行認可申請後に事業者が工事費の増額を理由に申請を取り下げた。関東圏では、さいたま市内で順天堂大学が計画していた「(仮称)国際先進医療センター」の整備計画も事業費の増額で断念。地方部でも愛媛県四国中央市の「新四国中核病院整備事業」が建設費の大幅な上振れで一時中断となった。いずれも工事費の大幅上昇が要因だが、物価や労務費が工事中に高騰する事例が相次ぎ、ゼネコンの完成工事総利益(粗利)が厳しさを増す中で、元請けが適正価格受注の強い姿勢を示した結果とみられる。
C 公共施設の入札でも、不調・不落が相次いだ。仙台市の市役所本庁舎整備では、第1期の空気調和設備工事の入札が二度も参加者不在で取りやめて再々公告の末に落札者が決まった。秋田県の県立体育館整備・運営事業も不調となり再公告。静岡県でも新県立中央図書館(仮称)の新築工事で申請者がなく不調となって善後策を検討中だ。これらは設備業者確保の難しさが影響しているとみられる。
B ある電気設備工事会社のトップも、「受注案件を絞らざるを得ないのは、工事価格の問題というより、人がいないため。価格をいくら上げてもらってもいないものはいない」と言っていた。
D 羽田空港で計画している海上保安庁格納庫新設では、機械設備工事が不調となり、設備会社にヒアリングした結果、「大規模設備工事に対応できる大手サブコン自体が人手を確保できなかったり、複数工種の専門工事業者を一度に確保できない」といった回答があったという。
C でも、公共施設入札での不調・不落や民間プロジェクトでの工事費の上昇は、プロジェクトによって状況が違い、複数の問題が絡まり合っているケースもあり、一つの原因を解消しても解決しないことが多い。
A 正常化するためには、建設需要が縮小均衡するか、建設業が担い手を確保できるか、という状況だが、後者となるためには第3次担い手3法の適切な実行が不可欠だ。
◇清水が材料噴射型3D印刷/AIはRAGで“うそ”回避
A 2024年も、前年に引き続き、AI活用が一つのトレンドになった。特に生成AIは、ユースケースを探る動きが活発化している。例えば、RAG(検索拡張生成)を使ったソリューションが多く登場したのもその一例かもしれない。
B RAGは、大規模言語モデルに検索機能を組み合わせた技術だね。汎用モデルを活用し、信頼できる情報から回答を生成するため、従来課題とされていたハルシネーション(もっともらしいうそ)を極力回避することが可能だ。膨大な資料を扱う建設業界でも活用が進んでいる印象がある。
C 先日、ある専門家から聞いた言葉が印象に残っている。生成AI技術について、「24年までは社内利用によるコスト削減や業務効率化を目的とした導入が主流だったが、25年からは自社にとって不可欠なサービスやイノベーションに直結する活用が本格化する」との見解だ。
A 「ゼロから1を生み出す」生成AIの技術には引き続き注目したい。一方、ハード系の技術で気になるのが3Dプリンターだ。今年の動きについて教えてほしい。
B 24年も各社からさまざまな発表があったが、特に注目すべきは清水建設の取り組みだ。材料噴射型の3Dプリンティング技術を用い、鉄筋を内蔵した有筋構造部材を自動造形する技術を開発した。
C 一般的な材料押し出し型は、プリント材料をノズルの真下へ押し出しながら積層する方式であるため、鉛直方向に配置する鉄筋を造形物の中に組み込むことができず、有筋構造部材を直接造形するのは困難だった。
B そこで同社は新たに開発した噴射型のプリント材料を鉄筋の外周から吹き付けていくことで有筋構造部材を造形する3Dプリンティング技術を構築した。これにより活用の幅が大きく広がった。既に現場で適用し、在来工法と比較して施工期間の約4割短縮を確認した。
C 3Dプリンター分野では、海外勢も勢いを増している。プラスチックを材料に型枠を成形するスタートアップ(新興企業)も台頭しており、新たな動きから目が離せない。