
–開発の経緯を教えてください
野原グループは商社のビジネスモデルを再定義し、DX(デジタルトランスフォーメーション)で建設生産プロセスを革新することで産業内の諸課題を解決すべく、BuildAppのコンセプトを2021年12月に展示会で発表しました。当社の取り組みの方向性を建設産業関係者に見ていただき、ゼネコンやサブコンなどの協力を得ながらBIMのデータマネジメントに向けたシステム開発を進めてきました。
この3年間で大手・中堅ゼネコンなど約20社との協議や全国各地の建設現場での実証を重ねながら内装工事や建具工事のBIM化に向け、定量的な効果を検証してきました。
当初からわれわれは建設生産システムにおけるBIMの価値を「時間価値」と定義し、建材発注数量の算出から施工までの現場の作業時間とリードタイムの改善を目指しています。時間を短縮し、働く人を楽にするため、前提となるツールやデータの使い方などを説明し、施工方法を変えるところまで立ち入ってBuildAppのサービスを提案したいと考えています。
–初弾サービスとなる内装工事向けサービスの特長は
内装工事会社の番頭さんは、図面から部屋の面積や材料の種類、数量などを手拾いして積算・発注しますが、それが業務全体の3分の1を占めます。そうした手間をなくす機能をBuildAppに搭載し、時間価値を実現します。
具体的には、ゼネコン作成のBIMモデルをBuildAppに取り込むと、BIMモデルから材料の種類や数量などを半自動で抽出し、積算します。BuildAppは人力作業に比べ、「建材発注数量算出」の精度を落とすことなく、時間短縮できることが実証でも分かっています。
また、BIMから生成した発注データを利用し、石膏ボードや軽量鉄骨下地材(LGS)のプレカット化を管理できます。ただ、プレカットを細かく設定しすぎると、逆に職人さんが現場で取り付ける場所を探すのが大変になります。そこで建物の種類や工期、進捗具合、材料の仕様、作業者も含めた全体プロセスなどに応じた全体最適に資するプレカットの程度を検証しました。その結果を生かしたコンサルティングサービスをセットで提供し、現場が対応しやすくします。
大切なことは、BuildAppを利用しても職人さんはBIMをほとんど意識することなく仕事をできるということです。スマートフォンやタブレット端末を通じて現地の測量結果などを入力する簡単な作業はありますが、あくまでBIMはシステムの裏側で動くため、いつもの施工方法を少し変えるだけで大きな効果を享受できます。
第2弾となる建具工事向けサービスの開発も並行して進めています。例えば鉄製扉は、製造用CADを利用して生産しますが、生産に必要なバラ図を作成する技術者が高齢化で不足し、製造開始までに2、3カ月待つこともあります。BuildApp建具は、BIMデータから建具のバラ図を自動作成して生産ラインにそのままデータを渡せるようにします。リードタイムをゼロにできるため、非常に大きな効果を期待できます。
–商社の立場からBIMを推進する上で重視することは
石膏ボードやLGSのプレカットはメーカーに負担がかかるため、商社にはメーカー側の対応を見ながらサプライチェーンマネジメントが求められます。ゼネコン-サブコン-メーカー間でのデータを流通するだけで終わりにするのではなく、現実世界でもサプライチェーンがつながるようにしなければなりません。
BIMというとデジタルの世界だけを想起しがちですが、上流のデジタルの部分とサプライチェーン後半の現物を動かす部分がつながらなければBIMの世界は完結しません。最後は現物をどう動かすかが商社の役割だと思います。
–内装工事向けサービスのメインユーザーとして想定する層は
全ての内装工事会社です。内装工事において、積算が楽になり、廃材が減り、工数が減ります。なによりBIMで施工したいゼネコンに対し、BuildAppを導入していれば「BIM施工ができる内装工事会社」であることをアピールできます。内装工事の現場が楽になるのと同時にゼネコンへの存在感を上げるという二つの利点があります。
一方、ゼネコンも現場の全体管理の中で生産性を上げる必要があります。就労人口が減少する中、まずは「人が減った後でも今まで通りの工期とコストで仕事ができる」ことが最優先です。その後に工期短縮やコスト削減に着手することになるのだと思います。BuildAppでサブコンの仕事が楽になり、生産性が向上することは、間接的にはゼネコンの利点でもあり、協業する多くのゼネコンがBuildAppの利用を協力会社に推奨してくれる見込みです。
–BIMが普及する上での課題は
端的には“BIM疲れ”が見られることです。本来のBIMの考え方は建設生産システム全体の生産性を向上してコスト削減することで、BIMの本来の受益者である発注者が旗を振ることが極めて重要です。しかし日本では施主や建物オーナーがBIM知識とその目的に関心が薄く理解が進んでいません。これが問題で、ゼネコンが努力してBIMを推進していますが、範囲が限定され、真の効果を発揮できません。
維持管理・改修までをも含むデータマネジメントを発注者が考えて初めて設計者やゼネコンに求めるEIR(発注者情報要件)を作成・提示できます。海外ではPM/CMの企業が発注者と一体となってEIRをつくり、設計者や施工者に落とし込んでいきます。最終的には資産価値向上に資する維持管理業務に役立つデータの集合体になりえます。
BIMは全体効率化を目指すものであり、局所については効果があったりなかったりします。そのため、発注者がBIMを使う目的・要件を明確にしないと、例えばゼネコンの所長が現場で苦労してBIMを活用してもその目的がわからず負担が増えるだけになったり後工程に利点が多いフロントローディングに設計者が不満を持つなどの課題が今後ますます目立つようになるのではないでしょうか。
当社が全国の20-70代の建設産業従事者1000人に行った意識調査でも、フロントローディングの実現に必要なこととして「発注者の意識変容」が最多の39.3%を占めました。設計変更がコストアップに関わることなどを正しく理解してもらいたいという要望も多く、BIMの普及は発注者が鍵を握っています。
–BIMを一過性のものに終わらせないためには
いまBIMはブームになっていると思いますが、一過性に終わると今まで取り組んできた方々の努力が無駄になってしまいます。なにより30年には職人が10%も不足すると言われる中、人手不足を克服して生産性を向上しなければならないときに、BIMを諦めてしまうと建設業に未来はありません。
当社のBuildAppも試行したユーザーから「仕事が楽になった」と言われるようになりましたが、DXによる成功体験を各工程で蓄積していくことが重要だと思います。計画から維持管理まで、場合によっては発注者のコンサルティングも含めてBIMをつなげるのが目標です。
もちろん、われわれだけで全てを網羅することはできません。個別のDXサービスがたくさんあるため、ベンダー各社はユーザーが利点を感じる突破口を探し、最後にBIMを通じて一気通貫でつながることが重要です。非常に大きな構想ですが、日本は設計、施工、維持管理の各段階にBIMが広がりつつあり、設計事務所やゼネコン、管理会社と主体が変わってもデータが一貫してつながる世界を実現するためBIMに取り組む意義はあると思います。野原グループは鉄筋、生コンクリート、建具などいろいろな工種を扱うため、BIMの普及が当社のチャンスにもつながります。
昨年は、BIM人材を派遣する「BA-Plus」という会社も設立しました。日本はBIM人材が不足しており、同社が教育するか、もしくは海外のBIM人材に日本語を教えて派遣する体制を構築しています。
–今後の目標は
内装工事は最後に行うため、各工程で発生したひずみを全て引き受けることになります。突貫工事になりやすく、追加工事の対応や精算などで苦労する会社をたくさん見てきました。BIMを上手に活用することで、まずはそうした内装工事の改善に役立ちたいと思います。
BuildAppは内装工事向けサービスからスタートしますが、順次機能を拡張していきます。データマネジメントを効率化し、BIMの市場拡大に貢献することで、建設産業のさらなる発展につなげたいと思います。