一人ひとりの違いを受け入れ、あらゆる人に“平等”な機会を提供するダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の必要性が叫ばれて久しい。近年ではそこから一歩進み、個々のさまざまな状況に応じてスタートラインを調整し、同じ土俵で活躍できるようにする“公平性”の視点が認識され始めてきた。この公平性とD&Iが融合した、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)に取り組む大林組、高砂熱学工業、日建設計の事例を通じ、“誰もが生き生きと働きやすい環境づくり”の最前線に迫る。 そもそもなぜ企業がDE&Iに取り組む必要があるのか。その答えの一つが人手不足だ。日本では2008年の1億2808万人をピークに人口が減少。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、日本の50年の総人口は1億0468万人で、20年と比べて2000万人以上減る見通しだ。高齢化率は20年の28.6%から大幅増の37.1%となり40%台に迫る。これは、15-64歳の生産年齢人口が大幅に減ることを意味する。
働き手が減っていく中、企業が持続的に発展していくためには最新技術を使った省人化はもとより、離職率の低下や優秀な国内外人材の獲得、ベテラン人材の活用が欠かせない。選ばれるためには、誰もが生き生きと働ける場をつくることが避けては通れないということだ。
しかし、前例を踏襲していてはその実現は難しい。変わらなければ会社の存続さえも危なくなる。だからこそ各企業はDE&Iの取り組みを進める。
◇当たり前を変える/DE&I≠女性活躍
当たり前をアップデートする–。長い時間をかけて構築された慣習を変えることは容易ではないが、大林組グローバル経営戦略室ダイバーシティ&インクルージョン推進部長の中沢英子氏、高砂熱学工業人事部健康推進室長兼人事部担当部長の小杉智子氏、日建設計経営企画グループDE&I推進室長の高田絵美氏はその壁に果敢に挑む。
人手不足の観点だけでなく、イノベーション促進や企業価値向上など、各社のDE&I推進の目的は多様だが、3人は共通して、社員の価値観を更新するために必要な視点として“気づかせること”の重要性を挙げる。
小杉氏は「長い間、私たちは画一性の中で生きてきた。全ての人が同じレベルを求められ、同じ結果を出さなければならなかった。しかし、そうである必要はないのではないか。それに気づかなければならないのではないか」と提起する。中沢氏は「さまざまな人がいるということに皆が気づいていないのであれば、気づかせる手段を提供しなければいけない」と強調する。
2人がそう言うのは“マイノリティーが固定化されているというのは幻想でしかない”からだ。「マイノリティーというのは数の論理に過ぎない。ある部署では男性の方が少ない、また、外国籍の人の方が多いということもある。自分の環境が変わることで、皆がマイノリティーになり得る」と高田氏は投げ掛ける。続けて、「DE&I=女性活躍と認識されている面もあるが、誰にとっても必要なことだと気づいてもらうことが第一歩だ」と話す。
◇追体験で意識醸成/大林組の取り組み
気づいてもらうために、各社それぞれ工夫を凝らす。21年から取り組む大林組は追体験の場をつくっている。一例として、「社内にさまざまな理由で不登校になってしまった子どもを抱える親や子どもを亡くした親がいるかもしれない。しかし、普段会社でそうしたことが意識されることはない。『実はいるかもしれない』という視点で、その立場になった時にどのような気持ちになるか、そうした人がいた時にどのように対峙(たいじ)すれば良いかを専門家から聞く機会を設けている」と中沢氏は説明する。
さらに、eラーニングの機会も用意。例えばLGBTQ+(性的少数者)について「まずは知識を持つことが大切だ。今年は一歩ステップアップして、なぜ企業がLGBTQ+に向き合う必要があるのか考える機会を設ける。毎年同じテーマを取り上げながらも、少しずつアップデートしていく。皆の知識レベルや意識が気づかないうちに高まるようにしていくことが大切」ということを、約5年取り組みを進める中で実感したという。
◇地道に何度でも/高砂熱学の取り組み
大林組と同様、21年から取り組みを進めている高砂熱学工業も、地道にeラーニングや研修を続けてきた。それが「第一歩だった」と小杉氏は振り返る。さらに、「1回だけではなく、煙たがられても継続してやっていく」ことの大切さを学んだ。続けてきたからこそ、社員の“当たり前”も更新されてきている。例えば、業務に関する研修動画を制作することになった場合、各部署は自発的に、聴覚障害者や国際人材に分かりやすい表示方法を考え、日本語・多言語のテロップを付加するようになったという。
◇議論の場をつくる/日建設計の取り組み
今年1月に専門部署を立ち上げ、取り組みを本格化させた日建設計は24年から全社研修に加え、階層別の研修を実施。ビデオ視聴した後に、室部単位でディスカッションする時間を設けた。「社員それぞれが考えるDE&Iについて、思いや気づきを伝え合う機会をつくってきた」と高田氏は語る。
このほか、女性のネットワークをつくり、キャリアパスなどを共有する場を設けている。この場では、「皆がさまざまな経験をしてきていることを実感でき、似ている経験をしている人同士が知り合うきっかけにもなっている。さらに、『今後同じような状況になりそうだ』という人が、『その人に話を聞いてみたい』などと、共感の輪が少しずつ広がっている」という。
◇自分事で考える/心に刺さる活動に
こうした集まる場を設定する際に「意識していることがある」と言うのが中沢氏だ。マイノリティーの人たちを集めてディスカッションする時は、「自ら発信してくれるのを待つということを心掛けている。それはある時、他人がアドバイスするのは無責任なことなのではないかと感じたためだ。場はつくっても、ヒントは自分たちで考えてもらう」と思いを込める。
続けて、「『会社がやってくれる』『誰かが助けてくれる』という考え方ではなく、自分のできることを自ら考えてもらう。一人ひとりがこの意識を持つことができれば、より良い生き方ができるのではないか」と感じている。考えてもらった先には、全力で支援する。“一方通行”ではないということが大切なのだ。
取り組みを進める上では、一人ひとりの「心に刺さる」(小杉氏)ことが欠かせない。自分だけでなく、自分の近くの人や家族がマイノリティーになり得る。また、そうであるかもしれない。それが実感できるようになって初めて、自分事になる–。それに気づいてもらうために各社は、“心に刺さる”取り組みを続けている。
後編では、取り組みの中で感じた気づきや展望を聞いた。