【45°の視線】建築史家・建築批評家五十嵐太郎氏寄稿/大人のゼミ合宿 | 建設通信新聞Digital

9月24日 水曜日

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【45°の視線】建築史家・建築批評家五十嵐太郎氏寄稿/大人のゼミ合宿

 毎年、東北大学の研究室で、東京、ならびに建築学会の大会が開催されるエリアに合わせたゼミ合宿を行ってきた。そうすると、一人での見学はお願いしづらくても、仙台から大勢で来るということで見学をできる建築もある。また当初はせっかくの機会になればと思い、学生の財布でも建築家が関わった物件に泊まることも意図し、吉阪隆正の『八王子セミナーハウス』、ロバート・ヴェンチューリ+デニス・スコット・ブラウンらによる『日光霧降ホテル』、安藤忠雄の『TOTOシーウィンド淡路』、UDSが代ゼミの学生寮をリノベーションした『ホテルアンテルーム京都』、磯崎新の『秋吉台国際芸術村』、福島の佐藤敏宏が設計した自邸などを使っていた。いずれも宿泊費は1万円以下だったと思う。

 が、近年は宿泊費の高騰もあり、ちょうどよい物件があまりなく、このプログラムは実行していない。その代わりと言ってはなんだが、昨年から大人のゼミ合宿を始めた。研究室が2005年に発足したことから、初期の学生は既に社会人となり、値段が高いホテルでも泊まることができることを受けて、企画したものである。毎年、1月にOB・OG会を開催していたが、このアイデアは昨年の新年会の時に提案され、ならば、まずは下瀬美術館のヴィラを全棟借りするのが良いのではと述べて、24年の8月末に実現した。

 23年に下瀬美術館は広島県大竹市にオープンした。坂茂が設計し、水盤を設けたエリアの矩形の展示室群が可動であり、組み替え可能というユニークなデザインである。通常の美術館と大きく異なるのは、宿泊施設が付いており、木立に囲まれた森のヴィラ5棟と、水盤に面した水辺のヴィラ5棟が存在することだ。

 筆者は既に下瀬美術館を訪れていたが、宿泊の予約がないと、ヴィラのエリアにはまったく立ち寄ることができない。従って、一度泊まってみたいと思っていたが、森のヴィラは全て異なるデザインであり、一つしか内部の空間を体験できないのは悔しい。

 ちなみに、『十字壁の家』は坂が多くの影響を受けたジョン・ヘイダックへのオマージュとなる新作だが、ほかは彼の初期の別荘である『ダブルルーフの家』(1993年)、『紙の家』(95年)、『家具の家』(95年)、『壁のない家』(97年)をリデザインしたものである。『キールステックの家』と呼ばれる水辺のヴィラは、プロトタイプとして設計され、おおむね同じデザインだが、眺めやレイアウトが若干異なる。

宿泊した壁のない家

 さて、大人のゼミ合宿では、森のヴィラ5棟と水辺のヴィラ1棟を借りたので、一応、全パターンを制覇し、圧縮木材を用いたレセプション棟でチェックインした後、互いにそれぞれが泊まるヴィラを見学した。

 下瀬美術館では、ヴィラ群もコレクションだろう。かくして、一つのヴィラに宿泊しながら、合計で6タイプの空間を味わうことができたので、割安感がある。坂による公共建築は訪れていたが、これまで住宅系の空間を体験したことがなかった。プラグマティックなデザインが特徴の一つだが、ヴィラでは身体的な感覚に心地よい建築であることが大きな発見だった。

 なお、下瀬美術館に宿泊すると鉄骨とヒノキ集成材のハイブリッド梁を十字に架けたレストランで、夕食と朝食も楽しむことができる。さらに、夜は美術館の屋上には登れるので、そこから水盤の上の展示室群がさまざまな色で光っている状態を確認できる。誰もいない閉館後なので、いわば美術館を独占したようなぜいたくな体験だった。

 意外にも、森のヴィラの全棟が同時に埋まったのは、初めてだったらしい。建築系の知り合いに声をかけて、同時に泊まる企画はもっと行われてもよいのではないか。翌日は日本建築学会賞(作品)を受賞した『岩国のアトリエ』まで足を伸ばし、設計者の向山徹の案内の下、見学した。さて、今年は9月に『ししいわハウス軽井沢』で大人のゼミ合宿を行う予定であり、西沢立衛や坂茂がデザインしたパビリオンに泊まれるので、楽しみにしている。

 

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