axonometricの佐々木慧氏が、「人によってさまざまな捉え方ができる建築」を目指すのは、建築が崇高なものではなく、「誰もに開かれた存在であるべきだ」と考えるためだ。開かれた建築こそが、人と人、人と社会をつなぐ–。“媒体”となる建築を実現する上で可能性を見いだすのが「素材のサイクルを見つめ直す」ことだ。ポップアップステージ 北では、建築材料が循環していくこれまでにない手法を考案した。
無数の木が宙に浮かぶ空間に足を踏み入れると、森の中にいるように錯覚する。それもそのはず、森林で伐採された丸太材をほぼそのままの状態で利用しているため、自然のダイナミックさを肌で感じられるのだ。
この場所の神髄は、その丸太材にある。「準備期間を含めて約1年で解体されるというジレンマがあった」からこそ、「使用した木材が万博会期終了後に建築材料として再利用される。しかもそれが仕上げのような限定された用途ではなく、構造体として使われる方法はないか」との問いを自身に投げ掛けた。
そこで編み出されたのが、未乾燥・未製材の丸太を建築材料として使用するという方法だ。通常、木を建築材料として使用するためには平均半年から1年程度の天然乾燥の期間が必要となる。ここに目を付け、万博の会期を「木の乾燥期間として使う。会期終了後に製材して建材利用すれば、仮設の6カ月間をポジティブに捉えられる」と逆転の発想でポップアップステージ 北をつくり上げたのだ。
一度使われた材料でありながら、次の場所ではまっさらな材として使用できるというこの再利用の在り方は、万博のコンセプト「未来社会の実験場」を体現する取り組みで、会期中にもその実験は続く。埼玉県に設置したモックアップも含めて施設のばく露試験を行い、丸太材の含水率や強度、重力の変化を検証しているという。
丸太を浮かせたのは、森のような空間をつくり、会場内の「シンボルにしたい」という思いがあったためだけでなく、丸太材の乾燥を早める狙いもある。実際に丸太材の乾燥は日ごとに進み、収縮を続けている。
収縮することで、施設状態に影響はないのか。ワイヤーを使用して部材を接合するテンセグリティ構造に、それを解決する秘密がある。この構造にすることで、丸太浮遊を実現するとともに、ターンバックル(ワイヤーを引っ張る道具)のまき具合でゆがみを簡単に調整できるため、収縮しても問題がないのだ。さらに、丸太への加工は端部だけのため、木材再利用にも支障がない。
ランドスケープの一部となっている植物・コウゾにも、丸太の理論が当てはまる。コウゾは和紙の原料で、会期中に成長したコウゾが会期終了後には和紙に生まれ変わる。検討段階だが、ランプシェードや茶室に活用する未来を思い描いているという。
佐々木氏が素材にこだわるのは万博に限った話ではない。一例として2024年には、市場に流通している半裁(牛の革)をそのままカップ状に丸めてチェアを製作。端材を出すことなく、貴重な素材を「惜しみなく使える方法」を発案し、素材の魅力に直に触れられる家具を生み出した。
「現代建築で忘れられてきた、素材がどこから来てその後どうなっていくのかという前後のストーリーを明確にしながらつくる」という丁寧なものづくりが、人々の感情を動かし、愛着を生む。愛着が生まれてこそ、建築は“媒体”になれるのではないだろうか。