ナノメートルアーキテクチャーの野中あつみ氏と三谷裕樹氏は、創造的に利用される建築をつくるべく、プロジェクトごとにその“取っ掛かり”となる工夫を施す。木を積み上げてつくった柱が印象的なサテライトスタジオ東も同様で、人間の都合で不要になった多様な「困った木」を柱に使用。木一つひとつが個性的だからこそ、思わずどこからやってきたのかその背景を想像し、知りたくなる。この“気づく”ことこそが狙いだ。
木を集めてくるという発想に至ったのは、豪雨の影響で根元から倒れた、樹齢670年の御神木・大杉を保存活用するプロジェクト(岐阜県瑞浪市大湫町)の経験がある。根元から5mを立て起こし、残りは楽器やビールの香り付け、小物の材料などとして、木に興味のある人に使ってもらったという。
三谷氏はこの経験を振り返り「町民の皆さんが一致団結して実現した。こんなにも思い入れのある木に出会ったことはなかった。一言に木と言っても、その裏側にはさまざまな背景があることを実感した」
そのプロジェクトが終わりに差し掛かったタイミングで、万博施設のプロポーザルが公告される。万博のコンセプトにも親和性のある経験を得た二人にとって、応募しない手はなかった。そこで、人間の都合で切られてしまった木の物語にスポットを当て、「どこの誰がどのような思いで育てたのか」(三谷氏)を感じ取れる建築を提案する。
設計過程では「集め方自体をデザインする」ことをキーワードに、123の木材関係企業に連絡を取り、使用する木を集めていった。このうち可否の連絡は34社からあったという。その期間は3年に上り、選定を進めていくうちに、「困ったと思っても、次第に価値が発見される例が少なくないなど、困ったタイミングにもフェーズがあることを知った」と野中氏は話す。最終的に、計15カ所の「持ち主がまさにいま困った瞬間の木」を選定。保育園の園庭にあった桜の木や木材の水中乾燥の重しに使われた木、万博の大屋根リングの一部だった木など、さまざまな背景を持つ木を集めた。
一つとして同じ形のない木をどのように配置していったのか。その問いに野中氏は「建築的に変わったことをやるとコンセプトがぼやけてしまうと感じたため、小細工はせず、シンプルに、そこに鎮座するときの美しさで決めた。そうすることで、木がわれわれに訴える問題を象徴的に見せられると思った」と説明する。
各柱には困った木の背景を一言で言い表したプレートを取り付け、QRコードからウェブメディア「KIDZUKI」にアクセスすると、イラストとともに、さらに詳しいストーリーを知ることができる工夫も施した。
背景を知ると「世の中の見え方が変わる。その瞬間に何かが大きく変わるわけではないかもしれないが、その気付きはきっと、人の心に残る」と野中氏は信じる。三谷氏も「現在、まちでは知らない間に建築が出来上がる。背景を知ることができるようにすることで、世の中が少しだけでも良い方向に向かうのではないか」と社会を見つめる。
岐阜県のプロジェクトを含めると約5年にわたって木に向き合ってきた二人。この先は、「例えば鉄に固執して5年間過ごしてみたら、僕らにしか感じ取れないものを見つけられるかもしれない。紙や石など建材には面白いものがたくさんある。関連企業が集まれば、できることの可能性が広がる」と三谷氏は見据える。
今回の施設もそうだが、想像力を広げる視点にこだわるのは、愛着を育む建築をつくりたいからだ。例えば『松阪の家』(三重県松阪市)は玄関ホールが特徴的で、この空間は「屋上に上るためだけの巨大な斜面だ。普通の階段をつくると、屋上に行かないときは使わない場所になってしまう。しかしここは、自由な用途で使ってもらえる」と野中氏。
続けて、「私たちは、いかに自由に楽しく自分自身で使い方を発見してもらえる空間をつくれるかに注力している。押しつけではなく、さりげなく後押しするという視点が欠かせない」。さらにその空間は、「それ自体が美しいものである必要がある。ただ美しい、かっこいい空間があれば、皆が自由に考えて使う。それが長生きする建築につながる」と三谷氏は思いを込める。