大和ハウス工業 建築事業全体をBIM化/FM含む一貫の流れ構築 | 建設通信新聞Digital

4月26日 金曜日

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大和ハウス工業 建築事業全体をBIM化/FM含む一貫の流れ構築

 建築部門の完全BIM化にかじを切った大和ハウス工業は、どこに向かおうとしているのか。2020年度末に設計段階、22年度末には施工段階の完全BIM化を目標に掲げるが、それは通過点に過ぎない。同社は維持管理段階も含めた建設事業全体のBIM化に挑もうとしている。BIM推進の担当役員でもある南川陽信上席執行役員建築系設計推進部長が「組織の至るところで完全BIM化への改革が始まった」と力を込めるように、同社は成長の階段を一気に上り始めた。

 ことし5月に発表した22年3月期までの3カ年中期経営計画にも、同社の完全BIM化に向けた意志が表れている。設備投資3500億円のうち、働き方改革や技術基盤整備への投資として総額1000億円を計上した。現場施工の自動化や人財育成への投資を推し進める上で、生産システム基盤のデジタル化が大前提になり、その根幹を成すのが完全BIM化の実現だ。

完全BIM化のロードマップ(点線が20年3月期上期)

 同社がBIM推進室を立ち上げたのは17年4月。南川氏は「その時からFMも含めた一気通貫の完全BIM化を到達点として見定めていた」と明かす。BIM元年と言われる09年以前から、社内ではBIMの調査に力を注ぎ、建築確認業務でBIMを義務化するシンガポールなど海外動向にも目を向けてきた。「当初は生産性向上をBIM導入の目的にしていたが、BIMの可能性を突き詰めた結果、顧客満足度向上や働き方改革につながる」と判断した。

 BIMの導入により、顧客との合意形成は早まり、建物仕様の決定も以前より格段に前倒しできる。現場は整合性の高い設計によって業務の手戻りをなくせるほか、将来的に維持管理にもBIMの属性情報を活用できれば、顧客側に安全・安心をサービスとして提供できる。まさに同社は、建物ライフサイクルを見据えた完全BIM化を目指している。

 道のりは平坦ではない。建築部門の受注規模は年間1500件を超え、設計や施工など建築部門の担当者は約2750人にも及ぶ。18年4月には推進室をBIM推進部に格上げし、完全BIM化への基盤整備をスタートさせた。BIMベンダー大手のオートデスクとも業務提携を結び、標準ソフトに『Revit』を位置付け、生産プロセスにおける詳細な運用ルールやマニュアルを作成するとともに、全担当者への教育も推し進めている。

 20年度末までに設計段階の完全BIM化を目指す同社は、受注20億円を超えるプロジェクトの設計すべてにBIMを導入するほか、全国事業所に2件以上の導入ノルマも課す。9月末時点の導入率は目標の20%を超える見通しで、19年度末には導入率で40%を射程に置く。旗振り役として奔走する伊藤久晴技術本部BIM推進部次長は「仕組みを変え、人を変え、仕事のやり方を変えないと、本当のBIMは実現できない。BIMが特別なものではないという意識は着実に芽生えている」と強調する。

 振り返れば、完全BIM化へのロードマップを示した17年当時は、社内の意識が盛り上がっていなかった。特に設計部門はフロントローディングによって業務の負荷がかかる上、従来の仕事を進めながら並行してBIMのスキルアップを進めなければいけない。
 南川氏は「先行する設計部門がBIMによって事業全体の効率化につながることを理解していった。それが自覚となって前に進み始めた」と手応えをつかんでいる。

 

設計に抵抗感なくなり自覚/研修センターはフル稼働

 「今後を見定める上でも、いまが正念場だ」と、大和ハウス工業の芳中勝清技術本部BIM推進部部長は焦点を絞り込む。2020年度に設計段階、22年度に施工段階の完全BIM化を目指す同社は、社を挙げた改革に取り組むが、一気通貫BIMの実現には設計段階が生命線になる。「まずは設計の完全BIM化をしっかりとクリアしなければ、その先の果実を得ることはできない」と見通す。

 先導役のBIM推進部は18年4月の発足から増員を図り、現在は総勢55人の体制にまで拡大した。全国8地区に推進委員会を置き、連携しながら事業所ごとに普及活動を展開中。誰もが効率的にBIMソフト『Revit』を使いこなせるようにテンプレート、ファミリ、モデリングガイドラインなどを整備したほか、BIMスキルアップの教育にも力を注ぐ。現時点で全体の3分の2に当たる約1500人の教育を終えた。BIM標準推進1グループの宮内尊彰グループ長は「着実に階段を上っている」と手応えを口にする。

全体の3分の2が教育を終えた

 意匠、構造、設備、見積もり、工事の5分野それぞれでBIMスキルアップの教育内容を定めるとともに、責任者、主任層、一般職など役職ごとにも習熟度目標を設定した。東京と大阪に設けたBIM教育のための研修センターはフル稼働の状態だ。「まだ悩みを抱える事業所はあるものの、前向きな意識が組織の推進力になっている」と続ける。

 意匠設計部門は、これまで基本設計では従来の2次元設計を進め、実施設計から3次元を取り入れてきたが、10月からは基本・実施設計ともに3次元に切り替える。BIM標準推進1グループの吉川明良主任は「既に意匠担当の抵抗感はなくなり、使いこなしたいという前向きさが出てきた」と着実に広がりをみせている。

 構造設計や設備設計も同様だ。両部門とも一通りの教育を終えた。BIM標準推進1グループで構造設計部門を担当する市川翔太氏は「BIMを学び、その意味を知ったことで、構造部門の意識は大きく変わった」と実感している。設備設計部門を担う金本雅二BIM推進部主任は「これからはより早い段階から設備設計がかかわる枠組みになるだけに、担当者には一気通貫の目線が備わってきた」と強調する。

 東京と大阪に置くBIMのトレーニングセンターでは、全国の事業所でスキル格差が生じる懸念を打開するため、“弱点教育”にも力を注いでいる。18年度下期には95事業所中69事業所がBIMを手掛けたものの、意匠・構造・設備のモデルすべてがそろっていないケースがあった。設計担当全員が一定のスキルを持たなければ、組織力は発揮できない。完全BIM化の実現に教育が欠かせないことは言うまでもない。

 特に設計部門はフロントローディングによって、以前より業務の密度が高まる。従来の設計工期内に成果を出さなければ、プロジェクト全体のリードタイムは上がってしまう。芳中氏は「フロントローディングの精度がBIMの生命線になるだけに、設計部門の成長が完全BIM化のかぎを握る」と力を込める。

 

サプライヤー巻き込む改革/建築確認、工場も連携

 2022年度末までに施工段階の完全BIM化を目指す大和ハウス工業では、施工図一式をBIMで取り組んだ事例があるものの、施工段階での運用にはまだ多くの課題が山積している。「図面の統一化が不可欠だ」と、BIM推進部BIM標準推進1グループで工事部門を担当する丸山祥広主任は焦点を絞り込む。

 設計モデルから図面類を出力する際、図面表記を始め細かな属性の扱いなど関連情報のすべてがきちんと標準化されなければ、施工現場の手戻りになってしまう。例えば天井裏に吊りボルトの有無まで詳細に示さないと、設備工事は前に進めなくなる。耐火被覆などの構成部材もモデル化に際しては機能を明確に入れ込む必要がある。

 特に設備工事は現場合わせの対応が多いだけに、設計モデルから出力する情報の標準化をより細かな部分まで突き詰めなければいけない。BIM標準推進1グループの金本雅二主任が「設計図を施工図レベルまで持っていくぐらいの精度が求められる」と説明するように、同社は施工段階の完全BIM化に向け、しらみつぶしに課題の抽出を進めている。

 建材メーカーなどサプライヤーに対しても、製品ファミリの提供を求めるなど幅広い周知活動を展開し始めた。7月に開いた取引先への方針説明会には45社約80人が参加した。購買部の杉浦雄一執行役員は完全BIM化への意気込みを示すとともに「円滑な施工体制を構築し、人手や材料のひっ迫にも効果を見込んでいる」と協力を強く呼び掛けた。

 完全BIM化は、元請企業だけでは実現できない。専門工事業のBIM対応強化も乗り越えるべき課題の1つだ。BIM推進部の芳中勝清部長が「BIMを軸にメーカーと連携し、わが社独自のデジタルカタログを整備していく」と明かすように、同社はサプライヤーも巻き込んだ改革を推し進めようとしている。

 建築確認のBIM対応もそうした流れの1つだ。日本ERIや日本建築センターと連携し、BIMデータによる確認申請を展開中。長野支店は延べ約5000㎡のホテルで国内初となる構造BIMデータ申請、本店が施工する延べ2万㎡の倉庫では構造適判で初のBIM申請を実現した。現時点でBIMを活用して確認済証を取得したのは13件に達し、建設業界で最多を誇る。

 一気通貫BIMという観点では、鉄骨加工の自社工場とのデータ連携も新たなステージに入る。 建築分野の関連工場は全国に5カ所。延べ60人もの現寸作業者が鉄骨加工を下支えしている。これまで複数の鉄骨CADを使っていたが、 これを1つに統一したほか、材料加工ソフトも一本化し、標準BIMソフト『Revit』との連携検証をスタートさせた。

データ連携で鉄骨加工の手入力作業が半減

 生産企画部建築生産管理グループの坪倉健治主任技術者は「このデータ連携によって加工の手入力作業が半減でき、大幅な省力化が実現する」と手応えを口にする。10月には工場内の完全BIM化に向けた連携チームも発足する。柱や梁など主要部材の加工作業は図面データとの連携により、作業本数や溶接の長さを事前に把握でき、工程計画の立案もしやすくなり、業務効率化とともに働き方改革への連携効果も導き出す。

 

グループ連携しBIM化へ/現場が後押し提案300件

 大和ハウス工業では、完全BIM化の実現に向けた社内連携が活発化している。特に運用ルールの構築はデータ連携の生命線になるだけに、技術、情報システム、施工推進、BIM推進の4部合同の会議を発足させた。早期のルール構築とともに問題点を共有し、社内に情報発進することも狙いの1つだ。

 これに並行してグループ連携もスタートした。ことし8月に連絡会を設け、グループとしてBIM標準化に乗り出すことを決めた。特にフジタは早くからBIM導入に踏み切り、経験も実績も多い。BIM推進部の宮内尊彰BIM標準推進1グループ長は「互いの良い部分を共有しながらグループとしてBIM化を推し進めていくことになる」と説明する。

 最前線の現場からもBIM化を後押しする流れが色濃くなってきた。BIM推進部には現場担当者から新たなツールやシステムを求める声が相次いでいる。募集には300件を超えるアイデアや要望が寄せられた。このうち3分の1程度をマークし、既に開発に着手した案件もある。

 海外ではBIMプロジェクトのデータ連携をコントロールするデジタルコーディネーターの存在があるように、同社も推進部の中に連携支援チームを発足した。第1弾として構造モデルから鉄骨や基礎などの見積もりを行うデータ連携にもチャレンジしており、既に30件を超える実プロジェクトで効果を検証中だ。

 2020年度末までに設計段階の完全BIM化を目指す同社では、19年度末までに導入率で40%をクリアする見通し。意匠、構造、設備の各設計部門では日を増すごとにBIM導入が着実に進んでいる。BIM標準推進1グループの市川翔太氏は「重要なのは100%の達成でなく、BIMを使ってどういうメリットを出すかだ」と訴える。

 グループ内では、意匠、構造、設備の部門間連携の仕様作成に全力を注いでいる。BIM推進部の金本雅二主任は「依頼書の精度向上がその1つ」と明かす。年間1500件もの建築プロジェクトを手掛ける同社は、全プロジェクトをBIMで設計した場合を想定し、モデリング業務を海外拠点にも依頼する計画。20年度には国内で600件、大連とベトナムで計900件を処理すると試算しているだけに、3次元モデリングの依頼仕様を明確に定めなければ業務の手戻りになりかねない。

建築プロジェクトは年間1500件を超える

 施工段階も同様だ。22年度末までの完全BIM化を実現するため、BIM標準推進1グループの丸山祥広主任は「データ連携の度合いをもっと高めなければ、それが現場の手戻りとして返ってくる」と訴える。3次元モデルから図面データを出力する際、情報が一貫していない場合には、通り芯レベルまで細かなチェックをしているという。

 20年度からは、設計と施工の役割分担も明確にする方針だ。宮内氏は 「これから設計、施工、維持管理の段階それぞれでLOD (モデル詳細度)をどこに設定するかを議論することになる」 と先を見通す。同社は設計から施工、そして維持管理へと続く建設事業全体の完全BIM化に向け、システムの統合を図ろうとしている。

 

未来への旗艦プロジェクト/FMは将来の新事業領域

 大和ハウス工業は、創業者生誕100年の節目となる2021年に建設する「(仮称)大和ハウスグループ新研修センター」を、完全BIM化のフラッグシッププロジェクトに位置付ける。規模は総延べ約1万7000㎡。建築家の小堀哲夫氏が基本計画、同社とフジタが設計と施工を担う。南川陽信上席執行役員建築系設計推進部長は「維持管理まで含めたフルBIMに挑戦するとともに、デジタルツインにつなげる未来を見据えたプロジェクトにもなる」と力を込める。

奈良工場内に建設する「(仮称)大和ハウスグループ新研修センター」

 日本国内は09年のBIM元年から10年の節目となり、内閣府の総合イノベーション戦略2019を背景に、建築分野で官民が一体となった「建築BIM推進会議」も発足した。建物ライフサイクルを通じて情報を一元管理することが社会資産として建築物の価値向上につながるとの理念が根底にある。目指すのは仮想空間と現実空間を融合させるデジタルツインをビッグデータ上で構築し、その蓄積データを解析やAI(人工知能)などを使って活用する「Society5.0」の世界だ。

 「この方向性は当社の目指す未来と同じだ」と、BIM推進部の伊藤久晴次長は完全BIM化が目指す“到達点”を明かす。同社は年間1500棟もの建築プロジェクトを手掛けるが、完成後の維持管理についてはやや対応が遅れている。「膨大なストックをどう生かすか。FMは将来を見据えた新事業領域でもある」と南川氏も口をそろえる。同社が当初から維持管理を見据えた一気通貫のBIMを目指していたのも、そうした狙いがあるからだ。

 20年度に設計段階、22年度に施工段階の完全BIM化を達成した先には、維持管理段階への完全BIM化を道筋として描いている。いわば建設事業全体のプラットフォームを同社は構築しようとしているのだ。完全BIM化を機にプロジェクトが3次元化され、データベースの中に蓄積されていけば、完成後のプロジェクトを統合管理することも可能だ。

 同社が完全BIM化を顧客満足度の向上に結びつけるのも「われわれが手掛けた建築物がしっかりとプラットフォームの中に収まり管理されていれば、顧客が求める情報を瞬時に提供できる。それが顧客に安心感を与える」(伊藤氏)と確信しているからだ。
 現行中期経営計画で最終22年3月期に連結売上高4兆5500億円を目指す同社にとって、全体の半数を占める建築領域(商業施設、事業施設ほか)は成長に欠かせない重点分野だ。事業拡大に合わせて現場管理などの技術者不足も懸念されるだけに、BIMによる働き方改革も実現しなければいけない課題の1つだ。

 プロジェクトデータのすべてが3次元化できれば、設計や施工の最前線は仕事のやり方が大きく変わる可能性を秘めている。「22年度の施工完全BIM化が実現して初めて、BIM本来の効果を得ることができるだろう」と芳中勝清BIM推進部部長が強調するように、データインフラとしてのBIMが確立すれば自動設計やロボット活用などの道筋も整う。「BIMという大きな波が社内を包み込んでいる。もう後戻りはできない」(伊藤氏)。大和ハウス工業は次代を見据えた建築生産の新たな扉を開けた。

掲載は『建設通信新聞』2019年9月9日~13日の5回