【想い・風合いを現代に継承】竹中工務店のタイル再生技術 「モルトール」が可能にするもの | 建設通信新聞Digital

5月2日 木曜日

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【想い・風合いを現代に継承】竹中工務店のタイル再生技術 「モルトール」が可能にするもの

 歴史的建築物など文化的に価値のある建物のデザインや風合いを現代に継承することができる技術がある。既存の建物から活かし取った外壁タイルを廃棄することなく、独自の薬液に浸すことで“再生”させる竹中工務店のタイル再利用技術「モルトール」がそれだ。再生した既存タイルの活用によってデザイン価値だけでなく、建物に対する関係者の想いも後世に引き継ぐ。

適用物件第1号となた「北菓楼 札幌本館」。2017年BELCA賞(ベストリフォーム部門)など受賞している (撮影:並木博夫)


 タイル再生技術「モルトール」は、既存の建物に張り付けられていた外壁タイルを活かし取って生まれ変わらせる仕組み。タイルを破損させることなく、裏面に付着している張り付け材料(セメントモルタル)を効率的に除去。従前の風合いや佇まいを守りながら、歴史的建築物の保存・修復や新たに建て替えた建築物に“再利用”することができる。

 再利用に対する技術的な課題となっていたモルタルの除去を「塩酸による溶解」によって実現。色や風合いを変えることなく、タイルを再生させる唯一の技術となる。

 これまで1926年(大正15年)に建てられた歴史的建築物である北海道庁立図書館をカフェ・店舗に転用した「北菓楼 札幌本館」改築工事など約20件のプロジェクトに適用。2020年「日本建築学会賞(技術)」に輝くなど、建築物のデザイン価値の継承や建物に対する顧客の“想い”に寄り添っていく優れたソリューションだ。

 開発者である東京本店技術部の松原道彦建築技術グループ長が「技術としては非常にシンプル」と話すように、その最大の特徴は「これまで廃棄するしかなかった既存タイルを建物から活かし取って再生させる」という点にある。

松原氏


 「改修工事などでタイルを張り替える場合、例えば、30-40年前の当時のタイルは商品として現存しない。似たような色のタイルを新たに製造して張り替えることになるが、実際に張ってみると、周囲と馴染んでいないケースや、色違いが発生して補修の跡が目立つ。建物の美観を損ねてしまう」(松原氏)。

 「歴史的建築物の保存など、どうしても既存タイルを使いたい場合、剥がし取ったタイル裏面に付着したモルタルを機械的に削り取って活用したという事例もあったが、非常に効率が悪い。タイルが破損してしまうリスクもあって現実的な技術として存在しているとは言えない状況にあった」(同)と当時を振り返る。

 張り付け材料であるモルタルをきれいに除去する方法を模索していた当時、いわばシーズ技術となる「塩酸による溶解」を研究していたのが技術本部知的財産部の吉田真悟活用展開グループ課長建設現場DX事業担当だった。

吉田氏


 「タイルを張り付ける際、適度にコンクリートの表面が荒れていないと、タイルがきちんと接着しない。もともとタイルが躯体にうまく食いつくようにするために(モルタルと同じセメント系の材料である)コンクリート躯体の表面を酸によって溶かす研究をしていた」(吉田氏)。

 「セメント硬化体であるモルタルが酸に弱い」という点に着目した松原氏のアドバイスもあって、吉田氏は課題となっていた「モルタルの除去=塩酸による溶解」に矛先を向ける。それが廃棄物として捨てるしかなかった既存の外壁タイルの再生というゴールに向かって、社内で別々に進められていた研究とアイデアが“合致”した瞬間だった。

 その後の2人の研究によって「タイルとモルタルの“耐酸性”の違いを利用して、張り付け材料であるモルタルだけを溶かす」というシンプルなタイル再生技術「モルトール」は生まれた。

 とりわけ「歴史的建築物の保存にとって既存部材をいかに使い続けられるかといったことが大きな意味を持つ」(松原氏)とするように、仮に対象が重要文化財であれば、いわば外壁タイルの1枚1枚が重要文化財の一部になる。

 歴史的建築物でなくとも、その建物に愛着を持っていた関係者が建て替えを決断したケースで、再生したかつて外壁タイルを新たに建築した建物のエントランスロビーに“思い出”として活用した事例も。

 松原氏が「この技術は“中古”だからこそ価値を生む」と胸を張れば、吉田氏も「建物に対する人々の想いも引き継ぐことができる」と話す。

 モルトールが歴史的建築物の保存・修復だけでなく、各方面から高い評価を得ている所以(ゆえん)である。

■ひと口メモ
 タイルとモルタルの「耐酸性」の違いに着目。塩酸に漬け込むことでタイル裏面の凹凸に入り込んだモルタルまできれいに溶解させる。そのまま使用すると、モルタルを溶解した際に溶け出すカルシウムと塩酸(塩素)が結合した塩化カルシウムがタイルの表面に付着して接着を阻害するため、塩酸でモルタルを除去した後に、水浸漬によって洗浄する工程を踏む。
 実際のプロジェクトに適用する際はあらかじめ実物サンプルを用いて、タイルの変色が生じないことを確認するなど品質管理にも余念がない。
 歴史的価値のある建物の保存・修復といった「保存」、タイルの部分張り替えによる色違いをなくす「改修」、新築建物に旧建物のデザインや愛着・思い出を継承する「建替」の3つのニーズを満たす技術として積極的な展開を見込む。