【45°の視線】建築史家・建築批評家 五十嵐太郎氏 寄稿「社会主義の建築が登場する超個性的な映画」 | 建設通信新聞Digital

4月19日 金曜日

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【45°の視線】建築史家・建築批評家 五十嵐太郎氏 寄稿「社会主義の建築が登場する超個性的な映画」



 今回は、2021年に日本で公開された2つの映画を取り上げたい。1つはヨハン・ヨハンソン監督『最後にして最初の人類』(配給:シンカ)、もう1つはイリヤ・フルジャノフスキー監督『DAU.退行』(配給:トランスフォーマー)である。両者は大衆受けを狙うハリウッドと違い、超個性的な作品だ。いずれにも共通するのは、社会主義の忘れがたい建築が登場することである。もっとも、前者は実在するのに対し、後者は映画の巨大なセットだが、常識を破るとんでもない撮影が試みられた。筆者はこれらの映画に公式な推薦コメントを寄せたので、以下に紹介しよう。

–『最後にして最初の人類』/有名なSF映画のある構築物を連想させる冒頭のシーン。だが、本作の風景を織りなすのは、実在する荒々しくも美しいコンクリートの記念碑群だ。その幾何学的な造形は、音楽と共鳴し、未来の遺跡として圧倒的な存在感を放つ。

–『DAU.退行』/巨大なセットとして構築された秘密研究所に刮目せよ。その意匠も、不穏な装飾とかたちによって静かな狂気を孕む。

–『DAU.ナターシャ』(「退行」と同じシリーズの映画)/閉塞された空間だが、確かに世界の一部として存在する。現実と映画の境界を侵犯する異様な時間に飲み込まれた。

 『最後にして最初の人類』は、オラフ・ステープルドンによる同名のSFを原作としており、20億年後の世界の人類が、歴史を振り返る壮大な叙事詩であり、現代へのメッセージが朗読される。だが、画面に人間は一切登場しない。その代わりに、「スポメニック」と呼ばれる旧ユーゴスラビアで1960-80年代に建設されたさまざまな戦争記念碑のみが映る。これがとんでもなくカッコいい。また監督のヨハンソンは作曲家であり、全編にわたって流れる彼の音楽に包まれる。




 スポメニックは建築的な機能を持たない、巨大な彫刻だ。それ故、巨大な花のような造形からディコンストラクティビズム的な鋭角的なデザインまで、多様な作品が存在し、かたちの自由度が高い、未来の建築のようにも見える。MARTINO STIERLI他『TOWARD A CONCRETE UTOPIA:ARCHITECTURE IN YUGOSLAVIA,1948-1980』(2018年)によれば、彫刻家と構造家が共同して制作された。

 なるほど、これだけ巨大なコンクリートの塊ならば、構造設計が必要だろう。現在はスポメニックは遺跡のように残り、観光地にもなっている。おそらく、この映画は、コンクリートのブルータリズムが好きな人にとっては垂涎(すいぜん)の作品だろう。71分間ずっと、これだけが登場するからだ。近年、世界的にブルータリズムの再評価が起きているが、それを盛り上げる映画である。ちなみに、キューブリックの『時計じかけのオレンジ』(1971年)も、英国のブルータリズム建築が多く使われている作品だ。

 一方、『DAU』は、アウトプットこそ映画の形式だが、いわば壮大な実験的プロジェクトである。ウクライナの廃墟を使い、実在したソビエトの秘密研究所に着想を得た施設のセットが途方もないスケールでつくられた。

 エキストラ1万人、衣装4万着という数字だけでも圧倒されるが、数百人が当時の日用品や食べ物、習慣、言葉使いを再現しながら、セットで暮らし、通貨も過去のルーブルを用い、歴史的な出来事を知らせる独自の日刊新聞まで発行されている。結婚や出産、研究の発見や論文の発表もあったという。もはや俳優が演じるというよりも、映画のために別の世界がつくられ、そこでのドキュメンタリーであるかのごとく撮影されたのだ。

 故に、映画の実在感が半端ない。ちなみに、『DAU』はシリーズになっており(全10作らしい)、第2弾の「退行」はなんと6時間超えの長尺である。第1弾の「ナターシャ」では夜のシーンが多く、研究所の外観は分かりにくかったが、「退行」の昼のシーンを見ると、かなり作り込まれたポストモダン風の意匠だ。つまり、過去の建築の再現ではなく、誇張した寓意的なモチーフを散りばめ、不穏な雰囲気を漂わせている。ちなみに、ヴェネツィアビエンナーレ国際建築展2012のロシア館では、こうしたソ連時代における軍事研究のための秘密都市を展示していた。



(いがらし・たろう)建築史家・建築批評家。東北大大学院教授。あいちトリエンナーレ2013芸術監督、第11回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展日本館コミッショナーを務める。「インポッシブル・アーキテクチャー」「装飾をひもとく~日本橋の建築・再発見~」などの展覧会を監修。第64回芸術選奨文部科学大臣新人賞、18年日本建築学会教育賞(教育貢献)を受賞。『建築の東京』(みすず書房)ほか著書多数。



 

  

   

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