【村上春樹ライブラリーがオープン】早大国際文学館/物語を拓こう、心を語ろう | 建設通信新聞Digital

4月29日 月曜日

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【村上春樹ライブラリーがオープン】早大国際文学館/物語を拓こう、心を語ろう

2階から見下ろした「階段本棚」

 作家・村上春樹氏の世界をより身近に感じながら、村上文学のほか国際文学、翻訳文学の研究と国際交流を図る拠点「早稲田大学国際文学館(通称・村上春樹ライブラリー)」が1日、東京都新宿区の村上氏の母校、早稲田大学キャンパス内にオープンした。コンセプトは「物語を拓こう、心を語ろう」。既存の4号館を改修したもので、設計を隈研吾氏が手掛け、「トンネル構造」で村上文学の世界を表現した。村上氏は、トンネルという捉え方を「ぼくの小説の1つのあり方」として「確かにそのとおりだ」と述べる。堅苦しくなく交流できる文学館をという村上氏の意向で、カフェ、オーディオルーム、スタジオなども設置し、地下1階-2階を一般に無料で開放している。

 早稲田大学は、村上氏から執筆関係資料のほかインタビュー記事、書評、海外で翻訳された書籍、数万枚のレコードなど貴重な資料を寄託・寄贈されたのを契機に2019年6月、国際文学館を組織として設立した。同文学館は既存の4号館を改修して使うことになり、隈氏(隈研吾建築都市設計事務所)が改修設計、熊谷組が施工した。

◆設計は隈研吾氏

 改修した建物で目を引くのは、外観の「木のトンネル」ファサードと1階正面入り口を入って目の前に広がる「階段本棚」だ。正面の「トンネル入り口」につながるファサードの西側外壁(正面向かって右側壁面)は庇(ひさし)をイメージ。隈氏は9月22日の記者会見で、「庇は存在感が希薄なものになっている。現実か非現実か分からないような世界、それが春樹さんの文学の特徴だと思っていて、非現実感を(木の庇という)現実的なメディアを通して表してみたいと思い、かなり凝った」と話した。この庇から現実と非現実の境を見てほしいと言う。
 トンネル構造については、村上氏を最も愛読している作家だとした上で、その世界的作家に「『春樹さんの作品はトンネルだと思う』と伝える時に異常に緊張した。違うと言われたらどうしようかと思った」と笑いながら振り返った。

ギャラリーラウンジ。奥には村上氏が描いた「羊男」

◆トンネルは「小説の1つのあり方」

 村上氏は、隈氏の指摘に同日の記者会見で「トンネルというか、現実の世界と異次元の世界を行ったり来たりして、最終的に自分がどっちに行くのか分からなくなるのが僕の小説の1つのあり方だと思う。それをトンネルという形で捉えられるというのは確かにそのとおりだと思う。僕は、洞窟とか井戸とかトンネルとか、そういうものに興味があり、どうしてか分からないのだが、いつもそういうものに引かれていく」と述べた。
 既存の4号館改修について隈氏はこう話す。
 「春樹さんは申し訳なさそうに改修なんだけどとおっしゃったが、その時これは本当に願ってもないことと正直思った。春樹さんの文学の世界というのは、ある扉を開けるとそこに違う世界、違う時間が流れている。そういうような世界で、それを私はトンネル構造と呼ばせていただいた。春樹さんも早稲田大学の皆さんも古い4号館の改修で申し訳ないとおっしゃったが、私は本当に感謝している」。半世紀ほど前に建てられた4号館は、隈氏にとって違う世界が広がる格好の空間だったのだ。

西側外壁(右側壁面)の庇は 現実と非現実の境を表現

◆旧4号館改修で異次元の世界へ、

 4号館正面の「トンネル入り口」のファサードをくぐり抜けると、そこには「階段本棚」という地下に降りていく「トンネル」が待っている。旧4号館の1、2階のスラブを2枚抜いて、3層吹き抜けにした大空間である。隈氏はここに「別世界を創造した」と表現する。地下1階から出入りができるポケットパークは、壁を抜いてガラスを入れることで外とつながり、風と緑が感じられる。それは、村上作品の重要な要素の1つだと思っていると指摘した。
 カフェ、オーディオルーム、スタジオを設けたのは、村上氏が「ぼくはまだ生きているから、いわゆる文学館のような堅苦しいものではなく、みんなが交流する空間にしてほしい」との要望があったからだ。隈氏は「このような文学館は世界でも例がないものだと思う。ここで全くいままでの文学の世界とは違う新しい交流が起きることを願っている」と語った。
 村上氏は記者会見の冒頭で、隈氏が述べた時間の流れを象徴するような、4号館の歴史的なエピソードに触れた。

オーディオルームは村上氏の自室で鳴っているサウンドのエッセンスを伝える

◆山下洋輔さんがフリージャズライブ

 「この4号館はぼくが在学中、学生に占拠されていて、1969年に地下で山下洋輔さんがフリージャズライブをやった。その時にピアノを大隈講堂からみんなで勝手に持ち出して運んできた。友達の何人かがこの催しに加わったが、僕は残念ながらライブには行けなかった。そのコンサートのドキュメンタリー番組を作っていたジャーナリストの田原総一朗さんによると、民青、革マル派、中核派など仲の良くないセクト同士が1つの場所に集まって、ヘルメットをかぶって、けんかもせずに呉越同舟で山下さんの演奏に聞き入っていたという。そういう建物を丸ごと使わせていただけるのはとてもありがたいことで、非常に興味深い巡り合わせだ。山下洋輔さんにはいつかまた同じ場所でガンガンピアノを弾いていただきたいなと思う」
 当時、学生運動では、先生が教えて生徒が承るという一方通行的な体制を打破して、開かれた自由な大学をつくることを理想としていたとして、文学館が「学生たちが自分のアイデアを自由に出し合って、それを具体的に立ち上げていける場所になるといい」と話した。
 記者会見には、村上氏、隈氏のほか、田中愛治早稲田大学総長、十重田裕一同文学館館長、改修費として約12億円を寄付した早大出身の柳井正ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長が出席した。

◆建築概要

 ▽建築主=早稲田大学▽所在地=東京都新宿区西早稲田1-6-1▽規模=RC造地下1階地上5階建て延べ2147㎡▽設計=隈研吾建築都市設計事務所▽施工=熊谷組▽開館時間=午前10時-午後5時▽入館料=無料(現在、予約制)



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