【45°の視線】建築史家・建築批評家 五十嵐太郎氏 寄稿 ブライアン・デ・パルマとダリオ・アルジェント監督の映像】 | 建設通信新聞Digital

5月2日 木曜日

公式ブログ

【45°の視線】建築史家・建築批評家 五十嵐太郎氏 寄稿 ブライアン・デ・パルマとダリオ・アルジェント監督の映像】

 アマゾン・プライム・ビデオやネットフリックスのサブスクで、外に出なくても手軽に映画を見られるようになったが、それでもたまにDVDをわざわざレンタルする。もしかすると、最初からネットで鑑賞している世代は、いろんな映画にアクセスできるので、全ての作品が視聴可能だと思っているかもしれない。だが、実際はそうではない。それぞれ得意分野が違ったり、「このタイトルは現在ご利用いただけません」の表示があったり、昔の映画だとそもそも入っていないケースが少なくないからだ。
 レンタル・ビデオが初めて登場したころは、1本を借りるにも、1000円くらいした記憶があるが、現在、数少なくなったリアル店舗では、DVDの旧作はレンタル料100円だし、郵便返却も選択できる。そこで、この夏は1970年代の映画のDVDを借りて、いくつか見ていた。例えば、いずれもヒッチコックの強い影響を受けた米国の映画監督ブライアン・デ・パルマとイタリアのダリオ・アルジェントの作品である。
 そこで思いがけず、強烈な建築空間と出会う。デ・パルマの『愛のメモリー』(76年)は、ヒッチコックの『めまい』(58年)を下敷きとした作品だが、まず冒頭からいきなりフィレンツェのサン・ミニアート・アル・モンテ教会のグラフィック的とでもいうべきファサードが登場する。そして妻と娘を不幸な誘拐事件で失った事業家が、追悼のために建設する大きなメモリアルも、この教会を明らかに想起させるデザインだった。
 その理由は、事業家と妻のなれ初めがフィレンツェのサン・ミニアートだったからだと分かるのだが、十数年後に仕事の際、思い出の場所を訪れたところ、亡き妻とそっくりな女性の修復家と出会う。一度は失ったものの、うり二つの女性が登場するというのが、『めまい』のプロットと同じだが、『愛のメモリー』では有名な建築が効果的に使われている。実際、デ・パルマは若いころにフィレンツェを旅行しており、その記憶から、この建築を使うことに決めたという。なお、映画では部屋の中をカメラがぐるぐる回るシーンが途中やラストにあって、これらも大変印象的である。

デ・パルマ監督の『愛のメモリー』で使われたサン・ミニアート・アル・モンテ教会。印象的なファサードが冒頭に現れる

◆色褪せない、空間に対する美学の強度
 アルジェントは、『サスペリア PART2』(75年)が建築とインテリア好きには必見の作品だった。なお、このタイトルは誤解を招くが、『サスペリア』(77年)の続編ではまったくなく、後者のヒットを受けて、勝手に日本側でつけたものである。日本公開は78年なので、おそらく山口百恵のヒット曲『プレイバック Part2』にでもあやかったものだろう。
 さて、『サスペリア PART2』だが、登場する全ての人物の居住空間が極めて個性的なインテリアで、それらを見るだけでも楽しい。ちなみに、連続殺人犯のヒントもこれに絡む。屋外シーンでもトリノのサンカルロ広場を極端にシンメトリックな構図で長回しで映したり、絵柄を意識して人間を巧妙に配置している。
 ハイライトとなる伝説の家も実在し、ヴィラ・スコットと呼ばれるが、イタリアにおけるアール・ヌーヴォー、すなわちリバティ様式の館で、奇妙な装飾とディテールのオンパレードだ。廃墟として描かれるこの家を探索するシーンは、もはや建築が主人公である(ただし、日本公開版では、だいぶカットされていたようだ)。
 『サスペリア』は、赤や青など、独特の照明と色使いが全編にわたって空間を支配する。バレエの学院やアパートのインテリアに至っては、狂ったような、としか形容できない異様なデザインだった。建築史を知っているほど、あり得ないおかしなものだと感じられるだろう。赤い外観は実在する建築だが、さすがに室内はセットを組んだようだ。とはいえ、ロケ地のミュンヘンにおけるレオ・フォン・クレンツェによる古典主義の建築を背景とした夜のシーンや、BMW本社ビルなども効果的に使う。
 『フェノミナ』(85年)も、独特な色彩のセンスが光る。アルジェントの映画はサスペンスやホラーであり、鏡、ガラス、鋭利なもの、動物、頭部切断などのモチーフを好むため、苦手な人は多いかもしれない。しかし、空間に対する美学の強度は、CGによる効果が進化した現在の映画と比較しても、まったく色あせていない。


 

(いがらし・たろう)建築史家・建築批評家。東北大大学院教授。あいちトリエンナーレ2013芸術監督、第11回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展日本館コミッショナーを務める。「インポッシブル・アーキテクチャー」「装飾をひもとく~日本橋の建築・再発見~」などの展覧会を監修。第64回芸術選奨文部科学大臣新人賞、18年日本建築学会教育賞(教育貢献)を受賞。『建築の東京』(みすず書房)ほか著書多数。



 

  

   

ほかの【45°の視線】はこちら