【記念シリーズ・横浜市公共建築】第96回 横浜市南区総合庁舎 | 建設通信新聞Digital

5月3日 金曜日

横浜市公共建築100年

【記念シリーズ・横浜市公共建築】第96回 横浜市南区総合庁舎


 横浜市南区総合庁舎には地域との融和や機能性、利便性、さらには歴史の継承と区民の安全・安心の拠点といった公共施設に求められる基本的な要素が十二分に詰まっている。区役所、消防署、土木事務所、公会堂が一体となった複合施設だが、その動線は流ちょうで、外観も抑制をきかせたデザインながら、しっかりと存在感を醸し出している。竣工して7年。設計監理を石本建築事務所が担当した。同社設計部門の小林一文執行役員グループ統括、エンジニアリング部門環境グループの関根能文、米山浩一両部長の3氏に設計意図やこだわった点などを聞いた。

小林氏

関根氏

米山氏

 まず、南区総合庁舎移転新築工事での3氏の役割をおさらいしておく。小林氏は全体総括としてプロポーザル提案時から完成まで、設計、監理を一貫して担当。関根氏は機械設備の担当者の上長の立場で、後方支援として機械設備全般を統括した。また、米山氏は電気設備を担当し、設計から監理まで携わった。石本建築事務所としては意匠、構造、設備の各部門でチームを組んでおり、3氏もそのメンバーとして臨み、それぞれの役割を担った。

 建物の外壁は舞う桜の花びらをイメージしたパネルで仕上げられている。その外壁の7カ所に、市側のアイデアで、7つの丘にちなんだ削り出した桜の花びらがしつらえてある。探索も楽しみの一つだ。

■区内8番目の「丘」
 市から提示された「地域性に配慮」「区民に開かれ、区民サービスを向上」「災害に強い、安全・安心な施設」「省エネで、環境に配慮」という4つの基本コンセプトに基づいて計画を進めた。

 また、設計着手に際し、「広いまとまった敷地はあるが、動線を含めて、複数の施設機能をどう配置してうまくまとめるかが大きな課題だった」と振り返る。そして、南区は7つの丘でできており、その地理的な特徴や地域的要素、歴史性をいかにして反映するかにも腐心したという。

 例えば、中心施設である南区役所の場合、「利用者にとっては長時間滞在するような場所ではないけれど、機能性はもとより、親しみのある温かさを感じられる施設」であることを心掛け、その象徴として外壁を区の花「さくら」の花吹雪をイメージしたコンクリートパネルで仕上げている。空間構成としては、1階フロアは区役所窓口のない多目的スペースとし、庁舎機能は2階に集約したワンフロアサービスを実現。ユニバーサルデザインの採用や子育て支援設備も充実している。

屋上庭園

 一方、区役所と消防署は災害時には業務の関連や連携が欠かせないが、平時の往き来はほとんどない。しかし、いざというときには一体的な活動が求められる。そのことを意識し、「庁舎、消防署、土木事務所、公会堂は日常的には分離しながら運用し、災害時には一体で機能できる動線計画としている」という。

 さらに、立地特性にも配慮した。具体的には、区内にある7つの丘になぞらえ、総合庁舎全体を第8の丘「南区さくらの丘」と位置付けるとともに、屋上緑化は本格的植栽とし、「まちなかの緑の創出」を意識して庁舎周辺の離れた地上レベルからも緑化がうかがえる庭園をつくり上げた。また、建設地に関東大震災での復興第1号小学校として建設されていた旧三吉小学校の手すりなどの遺物を展示、歴史の記憶を残しているのも特徴の一つだ。

歴史展示スペース

■積極的に環境配慮
 いうまでもなく、総合庁舎は災害対応の中心的拠点の一つである。何より庁舎自体が災害に強くなくてはいけない。そこで、地震被害に備えて免震構造を採用しているほか、浸水対策で低層部に機械室は置かず、6階にまとめて配置した。屋上には太陽光発電40kWを設置して環境負荷を低減しているほか、「150mほど離れた市立大学附属市民総合医療センターと公道を介してエネルギー連携して、非常時に備えた電源の多重化を実現」している。

 さらに、この総合庁舎の先進性を示す事例に「省エネ」で「環境に配慮」している点がある。「高い環境性能を目指すということで、条件としてCASBEE横浜Sランク取得が市から求められていた」ため、環境配慮には積極的に取り組んだ。とはいえ、「複雑なシステムだと初期投資や運用時のコスト負担が大きくなるので、建物の基本性能をできるだけ高めることに主眼を置いた」という。

 「ベーシックなところでは自然光を奥深く取り込むとか、自然通風を積極的に使うことに重点的に取り組んだ」。特に自然通風は一段踏み込んだ取り組みとして、奥行きのある建物でも、風向きなどに影響されず、できるだけ自然の空気が流れるように「サーキュレーター併用空調システム」を採用している。「かなりオリジナルな技術」と胸を張るように、このシステムは自信作と言えそうだ。

 というのも、「例えば、冷房時も風を流すと清涼感が感じられるので28度でも快適です。暖房時も上にたまった暖気を降ろす役割を果たす」ため、年間を通じて有効活用できる。エントランスなど天井が高い空間の暖房対策として採用を働きかけたことはあったが、「この総合庁舎のように積極的に多くの台数を設置したのは初めて」で、通常オフィスで使うという新たな視点での取り組みは来館者らの評判も良いという。

■環境統合技術室
 南区総合庁舎を訪れて感じるのは、延べ床面積約2万7500㎡に対する予断とのギャップである。一帯では抜きんでた大きさにもかかわらず、過度な威風や圧迫感とは無縁で、違和感なく町並みに溶け込んでおり、その実大規模に圧倒されることはない。しかし、矛盾するようだが、遠目にも一目でわかる、区の中心施設の区庁舎だと存在感を放っている。「設計の初期段階から、できるだけボリューム感を抑えるという思いはあった。そこは、かなり意図した」。区民の身近な存在であろうという、設計の狙いはみごとに成功しているといえる。

 また、石本建築事務所には2000年代初めに設置した「環境統合技術室」という部署横断の組織がある。意匠、構造、設備が分野横断で環境分野のノウハウを研究、その蓄積は20年以上になる。「この総合庁舎は、環境にも力を入れている横浜市の代表的建築だと思っている。当時は最先端だった地中熱システムも採用している。環境のランドマークと自負している」と言葉に力を込め、「建築工事で3工区、設備工事などを含めて計16事業体、さらに公会堂の舞台機構など多くの業者が携わる現場で、関係者の調整も大変だった」と振り返りながらも、大団円に安堵の表情を見せる。

 横浜市の担当者の一人として設計業務に携わった市建築局の高松誠課長補佐も「基本設計7カ月、実施設計9カ月という非常に厳しいスケジュールでしたが、素晴らしい施設を設計していただきました」と労う。

西側公道から

■工事概要
▽工事名称=南区総合庁舎移転新築工事
▽発注者=横浜市
▽設計監理=石本建築事務所
▽施工者=(第1工区建築)大成・工藤・風越建設JV、(第2工区建築)馬淵・小俣建設JV、(第3工区建築)渡辺・根本建設JV、(第1・2工区電気設備)シンデン・共栄・窪倉建設JV、(第1・2工区空調設備)川本・ヨコレイ・サノセキ建設JV、(第1・2工区衛生設備)万里・ビオン建設JV、(舞台照明設備)松村電機製作所、(自家発電設備)明電舎、(第3工区電気設備)横森電気工業、(緑化)小林園
▽所在地=横浜市南区浦舟町2丁目33番地
▽敷地面積=7476.66㎡
▽主要用途=区役所、土木事務所、消防署、公会堂(581席)、駐車場132台
▽建築面積=5880.88㎡
▽延床面積=2万7469.30㎡
▽最高高さ=30.99m
▽構造=地下1階地上7階建て、コンクリート充填鋼管(CFT)造、S造、RC造
▽工事期間=2013年12月-2016年1月

 

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