【記念シリーズ・横浜市公共建築】 第98回 横浜市立万騎が原小学校 | 建設通信新聞Digital

4月29日 月曜日

横浜市公共建築100年

【記念シリーズ・横浜市公共建築】 第98回 横浜市立万騎が原小学校


 青い海は港町・横浜市のトレードマークだが、同市西部の旭区にある市立万騎が原小学校は、小高い山と森林が隣り合った緑の学校だ。建設から半世紀以上が経過した校舎の建て替えに当たって同市は、戦後初の木造校舎建築に挑む。設計を担う梓設計は、森の中を想起させる階段広場を施設の核に、自然の風や光を取り込んだ開放的な「森の学校」をデザインした。同社執行役員アーキテクト部門副代表BASE01ゼネラルマネージャーの鈴木教久氏、同部門BASE02チーフマネージャー文教・庁舎ドメインエグゼクティブダイレクターの古田知美氏、同部門BASE02アソシエイトの後藤正太郎氏の3人に、木造校舎実現に向けた設計上の工夫や思いを聞いた。

 既存校舎は、自然公園に隣接しており、市民が日常的に緑と親しむ周辺環境だ。老朽化に伴う建て替えを検討していた横浜市は、同校の環境や法的条件などを踏まえ、「同市建築物における木材の利用の促進に関する方針」に基づく初めての木造校舎建築への挑戦を決めた。

 同市の公募型簡易プロポーザルで選ばれた梓設計は「木漏れ日と爽やかな風の中で、健やかな子どもを育む『森の学校』」をコンセプトにした木造3階建て校舎を提案した。木々に囲まれた森の中を象徴する吹き抜け大空間「コモレビコモンズ」を中心に、児童のさまざまな活動が校舎全体に広がっていく姿を描いた。

施設の核になる大空間「コモレビコモンズ」


 校舎は敷地南西、RC造の体育館・給食室棟は南東に設ける配置計画とした。北側にある正門から校舎をみたとき、背景に自然公園の森が広がる位置関係だ。校舎北側は2階建て、森に近い南側は3階建てにすることで、校舎屋根と背後の森のスカイラインを自然につなげ、あたかも校舎が森に溶け込んでいるかのような景観を目指した。

左から鈴木氏、古田氏、後藤氏


 鈴木氏は「昇降口から校舎に入ると、施設の核になる大空間『コモレビコモンズ』が子どもたちを迎える。学校が森の玄関口になる様子をイメージした」と狙いを語る。

 「コモレビコモンズ」は、木々を模した樹状の柱が吹き抜けの天井を支える象徴的な空間だ。鈴木氏は「児童たちに森の中で学習している雰囲気を感じてもらえるように、本物の森を感じられる空間を目指している」と話す。

 コモンズは、周辺に配置した図書室やその他特別教室などと一体的に利用でき、児童の学習、発表、交流のための広場にもなる。階段は日常的に利用する動線でありながら、グループ学習や発表、イベントの際には観覧席になるなど、学校生活の多様な場面で活用できる二面性が特徴だ。

 自然換気窓や天井に設けたハイサイドライトの採光により、外部の心地よい風と光を取り込んで施設全体に行き渡らせるなど、吹き抜けは機能面でも中心的な役割を持っている。

 自然換気の仕組みについて古田氏は「温められた空気が上昇し、冷気は下降するという重力換気の原理を生かした。昇降口から入った風が、コモンズを中心に校舎内を上り、ハイサイドライトを通して外に抜けていく自然な空気の流れをつくった」と話す。この仕組みで春・秋は空調設備を使用しなくても一定の快適性を確保できる。また、ハイサイドライトは廊下などの共用部の照度の確保にも役立つという。

◆木造の大空間に挑む
 木造3階建ての校舎、いわゆる「木三学」は、2015年の建築基準法改正で防火性能の基準が緩和されて以来、建築事例が増えている。現在、木造建築物は、3000㎡ごとに耐火性能が高いコアや壁で区切り、延焼防止に備える必要がある。

 「木三学」の事例のほとんどはコアタイプを採用しているが、RCなどを使用した耐火建築物であるコアは、用途や空間を分断してしまい空間が閉鎖的になりがちだ。

 万騎が原小では、より開放的な空間設計ができる壁タイプを選択した。鈴木氏は「政令市として全国最多の人口を抱える横浜市の新しい挑戦には、公共建築に対する高いメッセージ性がある。この先の同市の学校建築にもつながるような、新しく魅力的な木造学校をつくりたい」と思いを語る。

 ただ、壁タイプを採用した木造建築は、参考になる他都市の事例も社内における知見もなかった。この新しい試みを後藤氏は「開放的な大空間を木造で実現するために、技術とコストの両面から手探りで試行錯誤をしてきた。壁部分の構造は、木造とRC造の場合を比較し、総合的に検討した結果RC造を採用した」と振り返る。

 鈴木氏は「RC造であれば、8m程度のスパンを飛ばすことはそう難しくない」と話す。一方、木造の大空間をつくる場合は大断面集成材を使うことが考えられるが「コストの負担が大きい。費用を抑えるためには流通量が多い規格の部材を活用し、細かいスパンで設計することが必要だ」と指摘する。

◆「木造をチャレンジしやすいもの」に
 ウッドショック以来、安価な外国産木材の調達が難しくなっている。設計に当たっては、木構造や木材供給の専門家も交えた木材調達検討会を設置し、最適な調達先や納期・コストに関する知見を反映することで、スムーズな発注・加工・納品を目指した。

 プロジェクトを進めてみて鈴木氏は「木造建築の技術は進歩していて、RCに負けない空間が実現できる」と手応えを感じている。調達やコスト面に課題はあるが、「短い小さなスパンで全体コストを低く抑え、同時に施設の目玉をつくる。こうして設計にメリハリをつけていけば、これまで以上の建築がつくれる」と強調する。

 木造建築の普及について後藤氏は「木造そのものが目的になってしまうと、ただの割高な建物になりかねない。適材適所の考えが大切だ。部分的な木造や混構造を使い分けることで、木造をチャレンジしやすいものと感じられるようになるのではないか」と話す。

 古田氏は「木造=高いというイメージにならないよう、RCや木それぞれの良さを生かしながら経済的な設計としていく。これにより木造が普及し、需要が継続することで森林の持続可能性につながる」と話す。

 さらに「木造建築の事例はまだ多くはないため、床や天井の遮音など木造を前提とした性能値のデータが少ない。今後、木造が普及していけば、実践的な情報の蓄積も進んでくるだろう」と見通す。

 今回のプロジェクトでも、遮音性などの検討はポイントの一つだった。吸音などのため、木構造の下に天井材を貼るべきではないかとの意見が出たが、「法改正で木の現しができるようになったメリットを生かしきれない」と考え、関係者と協議を重ねたという。

 公共施設の中でも学校は、合計の床面積が多い施設だ。地球環境への対応を考える上で、学校建築を変えることの影響は大きい。それだけに万騎が原小は「木造建築が、環境にもたらす変化を社会で考える良い機会になるかもしれない」と鈴木氏は話す。

 小学校で学ぶ時間は6年と長い。森の学校で過ごした記憶とともに「自然に親しみや関心を持った子どもが増えていくことは未来の環境にもつながるはずだ。小学校がその一助になればうれしい」

◆建築概要
▽所在地=横浜市旭区大池町66
▽基本・実施設計=梓設計・金子設計JV
▽敷地面積=1万2492㎡
▽建築面積=4209㎡
▽規模=校舎棟(校舎、体育館・給食室棟)木+RC造3階建て総延べ6395㎡、プール棟RC造2階建て延べ300㎡、屋外付帯棟RC造平屋建て47㎡

 

◆公共建築物の木材利用を促進/用途ごとに使用量の目標値設定】
 横浜市では、2010年に「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」が施行されたことを受け、14年に「横浜市の公共建築物等における木材の利用の促進に関する方針」を策定し、公共建築物の木材利用を促進しています。方針は、低層建築物の木造化と、内装等の木質化を促進するもので、これまでに小学校のキッズクラブ、中学校の武道場、公園のトイレや地域ケアプラザなどを木造で整備しています。また、施設のエントランス部分や、人が触れる部分を中心に、内装材を可能な限り木質化し、木のぬくもりを実感できる環境を整備しています。

 その後、法律が21年に「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」に改正されたことに伴い、本市の方針も改正し、対象を民間建築物も含む建築物全般に広げるとともに、木造化を促進する公共建築物の対象も低層建築物に限らず全ての建築物に拡大しました。

 また、着実に木材を使用するために、23年2月に「横浜市の公共建築物における環境配慮基準」を改定し、学校や住宅といった施設用途ごとに、木材使用量の目標値を設定しました。

 今後も公共建築物の整備で積極的に木材を使用していくことで、施設利用者の方々に木の優しさやぬくもりを感じていただきながら、木材利用の普及啓発を行い、その取り組みが民間建築物にも波及し、2050年のカーボンニュートラルの実現につながることを期待しています。(横浜市建築局営繕企画課)

 

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