【レジリエンス社会へ】関東大震災から100年 東京都立大学名誉教授 中林 一樹氏 | 建設通信新聞Digital

4月27日 土曜日

レジリエンス社会へ

【レジリエンス社会へ】関東大震災から100年 東京都立大学名誉教授 中林 一樹氏

火災への意識風化に警鐘 『事前復興』のまちづくりを

 「関東大震災から100年が経ち、地震時の火災に対する意識が風化しているのではないか」。中林一樹(なかばやし・いつき)東京都立大名誉教授は、都市型地震における火災への危機感の低下に警鐘を鳴らす。木造密集市街地での火災被害を低減し、早期に生活や経済が立ち上がる『事前復興』の重要性を訴える。

未曽有災害 事後対応では間に合わない

中林教授

 1923年の関東大震災は日本に建築基準に基づく耐震設計という『地震工学』の考え方をもたらし、幾多の大地震を経て耐震の取り組みは進化を遂げてきた。もう一つの大きな教訓が“火災”である。東京市で焼失面積が約3120haに及んだ火災は多くの悲劇を生み、「地震だ、火を消せ」が東京防災の合言葉となった。64年の新潟地震を契機に東京の震災対策が展開され、揺れにも火災にも強いことを命題として都市づくりを進めてきた。しかし、「今でも解決されていない問題がある。それは火災対策で、木造住宅密集市街地が文化である日本の都市では今後も引き継ぐべき課題だ」と強調する。

 どれだけ家や建物の耐震化を進めても火災が発生すれば被害が出る。東京都などの被害想定でも火災による被害棟数が、地震による倒壊棟数のおよそ2倍とされ、木造住宅の耐震化とともに不燃化が重点課題となっている。東京都の防災都市づくり推進計画では、「木造密集市街地での建物の耐震・耐火構造化とともに、消防力が不足しても食い止められる延焼遮断帯の整備を大きな柱として進めている」という。実際、2012年版の都の被害想定では、火災による建物被害が最大18万8000棟だったのに対し、22年版では約11万2000棟に減少した。それでも阪神・淡路大震災の火災による焼失約7000棟をはるかに上回る。

 同震災が発生した1995年、東京都による最初の直下地震の被害想定では、約40万棟を予想していた。その想定委員でもあった中林教授は、阪神・淡路大震災の被害(全壊と全焼)11万2000棟をはるかに超える未曽有の災害に対して「地震が起きてから復興を考えていては間に合わない。どう復興するかを準備する必要がある」との思いから、『事前復興』の考え方を都に提言した。現在まで、東京都では事前復興の準備とその人材育成のための都市復興訓練を継続しているが、阪神・淡路大震災と東日本大震災の建物全壊は11万~12万棟で、その2倍もの19万4431棟の被害が東京都だけで想定されているのである。

 都内の木造密集市街地は、さまざまな取り組みにより緊急に整備を要する危険な市街地が16年の1万3000haから20年には8600haにまで減少した。だが、「区画整理などの基盤整備が進んでいない。表通りの建て替えは進んだが、路地には木造密集市街地が残っている」と課題を指摘する。居住者がいる地域で強引に区画整理をすることは難しい。「事前にできることの限界は理解しつつ防災まちづくりに取り組むことが大切だ。不幸にも被災した場合の復興まちづくりの目標像を事前に住民と合意できていれば、復興時の最大の課題をクリアできる。それが、粘り強く迅速に復興するという“真のレジリエンス”の実現につながる“事前復興のまちづくり”だろう」と力を込める。

 今後の都市開発についても「人口減少を見据えれば、そろそろ大規模化によるボリュームの優先から、小規模でも災害に対応できる建物づくりの発想に立ち、整備手法を考える必要があると思う。それがこれからの復興まちづくりの手法にもなる」と提言する。

 ただ、火災の恐ろしさは「地震時の気象条件を誰も予測できず、確定的には火災の被害を想定できない」という点にある。その意味で、東日本大震災は大きな契機となった。それは、あらゆる分野の人が『想定外』を目の当たりにし、「想定外をなくすために、最大級の被害を想定して対策を考えるようになった」からだ。しかし、その震災から10年以上が経過し、「“想定外”という言葉があまり使われなくなった。それは想定できない未経験のリスクが既に潜み始めているのではないか」と危惧(きぐ)する。都の22年版の被害想定でも「身の回りで起こり得る、確定論的に被害想定し得ないリスクを災害シナリオとして記述した被害様相の定性的想定」を盛り込んだ。自分の身の回りにあふれている数字に表れないリスクを知ることが、これからの防災や、さらに迅速な復興につながるとみている。

東京の都心部は開発によって不燃化が進んだが、外縁部には広大な木造密集市街地が広がる



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