【タモリさんと「坂道愛」育む  日本坂道学会会長 山野勝氏】土地の記憶 うまく残して | 建設通信新聞Digital

5月14日 火曜日

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【タモリさんと「坂道愛」育む  日本坂道学会会長 山野勝氏】土地の記憶 うまく残して

 東京には江戸以来の坂道が500坂、明治以降の坂は140坂もある。坂道研究家・山野勝さんは、30年前にタレントのタモリさんと2人で結成した「日本坂道学会」の会長を務め、これまで延べ2万人の愛好家と坂道を踏破してきた。監修を務めた『お江戸・東京坂タモリ 港区編』(タモリ写真・著)では、現代地図に江戸の旧道を詳細に落とし込むという難題に挑んだ。“坂道愛”あふれる話を聞いた。

(やまの・まさる)早大政経学部卒。講談社常務を経て退職後、坂道研究家として活躍している。朝日カルチャーセンターやNHK文化センターなどで17年間、坂道講座の講師を務める。1943年広島県生まれ。2022年には日本坂道学会のオンライン講座も開設した。

 日本坂道学会を立ち上げたきっかけは30年ほど前にさかのぼる。山野さんは、銀座7丁目にあった文壇バーに通っていた。そのバーで坂道の話をしていたところ、偶然居合わせたタモリさんが興味を示し「俺も坂が好きだから、その話に入れて」と声を掛けられ意気投合した。「あれには感激しましたね」。当時の思いをそう明かす。

 何度も会ううちに、「会に名前を付けよう」という話になり、「日本坂道学会」が誕生した。その後、タモリさんは日本中を歩くテレビ番組『ブラタモリ』の撮影に忙しく、山野さんはカルチャーセンターでの坂道講座で最盛期に月間6講座を担当し、延べ2万人以上と坂を歩いた。こうして別々に“坂活”に励む期間が続いたものの、坂道愛は衰えることなく、研究を続けてきた。山野さんは「会員はいまだに2人だけで、会長になったのは私が年上だったから」と笑う。

◆名坂の条件
 2004年にタモリさんが『タモリのTOKYO坂道美学入門』を発刊して以来、22年には坂道学会の総力を結集した『お江戸・東京坂タモリ 港区編』を発刊。18年ぶりに活動再開ののろしを上げた。『お江戸・東京坂タモリ 港区編』では、江戸時代の坂道分布図に基づき、文京区と双璧をなす港区の“名坂”87カ所を江戸時代の古地図と現代地図で対比した。坂道本では初の試み。江戸の小噺(こばなし)や、坂巡りお散歩コースも満載だ。
 日本坂道学会では、▽勾配▽湾曲▽江戸情緒▽坂の由緒--の四つを坂の実力を判断する名坂の条件にしている。「勾配は急であるほどポイントが高く、湾曲はきつすぎないくらいが良い。建物や樹木など、坂の両脇に江戸の雰囲気が残っていることも重要だ」と説く。坂の由緒も判断ポイントの一つだ。「現在ある坂の大半は江戸時代に命名され、当時の町人たちが武家屋敷や寺社の位置を把握するための目印としてつけた。そのセンスなども評価に加えている」

 これらの条件に基づき、本書では坂番付(港区編)を掲載した。「旅館やウナギ屋など、江戸時代の人は何でも番付にしていたため、やってみようと意気投合した」。“審議”を経て、その長さと湾曲ぶりから、東は狸穴(まみあな)坂、西は薬研(やげん)坂を認定した。

坂番付


◆東の大関、狸穴坂
 両氏一押しの狸穴坂は、ロシア大使館の脇道のようになっており、微妙な勾配とやや湾曲する姿が美しいS字の坂だ。「ロシア大使館をまったく感じさせない高い石垣と崖地の間を上っている時の風景は味があり、江戸っぽさが漂っている」と魅力を語れば話は尽きない。

 坂名の由来も謎が多く興味深い。狸(まみ)とはアナグマの異称で、混同してタヌキを指すこともある。坂下にその巣穴があったという説や、坂下にあった牧場に馬がいて「馬見穴(まみあな)」と呼んだ説など諸説入り乱れる。

 港区は再開発で、江戸の坂道を取り巻く風景が大きく変わった。狸穴坂も坂そのものに変化はないが「この界隈の景色の移り変わりが面白い。写真の真ん中(坂の先)にある開業前の高層ビルは、数年前には存在しなかった麻布台ヒルズで、手前の駐車場のある場所は古い2階建ての木造建築だった。そんな時代も感じられる坂だ」

 新たに魅力を増した坂もあれば、変わらない坂もある。再開発によって行合(ゆきあい)坂、落合(おちあい)坂、我善坊谷(がぜんぼうだに)坂、三年(さんねん)坂と四つの名坂が失われたことには寂しさを感じるが、最近はマンション名に土地の記憶を残す地名や町名、坂名を組み込み、ビンテージ感を付加価値にする例も増えている。例えば『ザ・ハウスがま池』は、知る人ぞ知る歴史ある秘池・がま池を景色に取り込むことで、各住戸から池を眺めることができる人気物件だ。「開発に当たっては、江戸から続く坂道をぜひ残してほしいが、もちろんそれが難しいこともあるだろう。ここにはこんな坂があったのだと思い出せるようなものくらいは、せめて残していただきたい。それが何なのか分からなければ、ぜひわれわれに相談してほしい」

東の大関は狸穴(まみあな)坂(ⓒタモリ)


◆坂道歩きで健康に

植木坂(ⓒタモリ)

 タモリさんと2人の年齢を合わせて156歳。山野会長は自身の坂道講座で一度に3時間、12㎞を歩く。「坂道を上り下りするため適度な負荷がかかり、健康にいい。こうして元気に過ごせているのは間違いなく坂道歩きのお陰だ」と言う。「デベロッパーやゼネコンの皆さんも現代地図と切絵図を手に、江戸時代の人の気分になって、江戸由来の道や周囲の風景、建物を巡り、江戸の市街を歩いてみませんか。職人の皆さんにゆかりのある坂もたくさんありますよ」

 その一つが目黒区にある鉄飛(てっぴ)坂だ。鉱山採掘の技術者として江戸幕府が招いたポルトガル人テッピョウスの名が、「鉄飛」の起源であるともいわれている。狸穴坂近くには、植木屋が林立していたことにちなんだ植木(うえき)坂もある。

 参加する時間と居住地の制約から、定年退職を機に坂道講座に参加する人も多い。「坂道歩きは、何よりお金がかからないのも魅力」と話す。本の刊行と時を同じくしてオンラインサロンも立ち上げた。動画を撮影していれば、「定点の映像記録としても貴重なものになる」と考えている。「受講者の皆さんが住む地域の一押しの坂道を募集して写真コンテストを開催し、グランプリを決めたい」とアイデアは尽きない。

『お江戸・東京坂タモリ 港区編』 (ART NEXT/1,500円+税)

 

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