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【連載・海外プロジェクト最前線7】DAB、国際標準約款利用が増加/システックインターナショナル シニアマネジングコンサルタント 大野紳吾

 海外プロジェクトを実施している日系建設会社の契約管理や工程管理に対する意識は、この10年間でかなり上がってきていると感じています。例えば、円借款案件で使われているFIDIC(国際コンサルティング・エンジニア連盟)契約約款にある、紛争裁定委員会(DAB)が活用されてきているのはその一つの表れでしょう。設計変更を巡って、追加費用を支払ってもらいたい請負者と、できれば支払いたくない発注者では利害が一致しないのは致し方がなく、いくら粘り強く交渉しても合意できないことがあります。

 紛争解決委員会は、契約当事者が選んだ第三者専門家が、プロジェクト遂行中に発生する追加費用や遅延などの問題について第三者意見を出します。特徴として、▽契約紛争になってから委員会を招集するのではなく委員会を毎月開催することで問題の未然防止する▽もし契約紛争の事案が生じた場合、委員会に付託すると28日以内という短期間で意見を出してくれる–などの点があります。これにより、問題の早期解決ができる、仮に委員会意見に不服があって仲裁や裁判などに進んだ場合でも、何が争点になるか、どのような結果になるかを予見できるというメリットがあります。

システックインターナショナルの大野紳吾シニアマネジングコンサルタント


 この紛争裁定委員会は、1990年代後半の英国ではじまった仕組みで、現在では英国国内の全ての建設契約に含まなければいけないことが法律で定められています。また、英国を追随する形で、オーストラリア、シンガポール、マレーシア、香港、アイルランドなどでも、同様の仕組みが法律化されています(紛争裁定人の国際組織に「Dispute Resolution Board Foundation」というNPO団体があり、今年度より日本支部の代表を小職がやらせていただいています)。

 もう一つのトレンドとしてご紹介したのは、日本国内のプロジェクトが国際プロジェクト化してきていることです。ここで言う『国際プロジェクト化』とは、海外プロジェクトで使われるような契約手続きが厳しい契約約款を使ったプロジェクトという意味で、国内プロジェクトでありながら英語の契約約款やFIDICなどの国際標準契約約款の日本語訳版が使われたりしています。

 要因としては、(1)太陽光発電、風力発電、バイオマス発電などの再利用エネルギーの案件が、プロジェクトファイナンスの手法で組成されることが多い(2)データセンタープロジェクトなど、国内プロジェクトでも海外企業が発注者となる案件が増えている(3)洋上風力発電など、サプライヤーやパートナーが海外企業の案件が出てきている–などがあります。

 このうち(1)の再利用エネルギープロジェクトでは、特定目的会社(SPC)を立ち上げて、スポンサー会社の出資と金融機関からの融資を原資として建設プロジェクトを遂行し、完成した後の売電などの収入によってローンを返済していくというプロジェクトファイナンスの手法が使われています。このようなプロジェクト方式では、金融機関の融資条件として、プロジェクトの完工リスクを請負者が全面的に負担する契約条件にすることが求められることから、海外プロジェクトで使われるフルターンキー方式の請負契約(請負者が設計、調達、建設、試運転調整まで全ての作業を完了させて、完成引き渡しと同時に発電・売電ができるというもの)が主に使われます。また、完工が遅れた場合の発注者の逸失利益や借入利息などを補償するために、遅延損害金(遅延リキダメ)が非常に高く設定されています。

 問題は、請負者が完工日に遅れると、発注者が契約条件に従って遅延損害金を請求するのですが、請負者が遅延損害金を免除してもらおうと交渉しても、金融機関との融資条件に縛られているため、発注者も譲歩することができないということが往々にして起こります。このような遅延損害金は数億円単位になることも珍しくなく、請負者としても相当の損失になることから、遅延損害金の支払いを巡って発注者と請負者の間の契約紛争が発生します。そのため、以前はあまり話を聞かなかった仲裁や裁判になるケースが増えてきています。

 連載の第1回と第2回で、コロナ禍の影響で工期延長や追加費用支払いが海外プロジェクトでどのように取り扱われたかをご紹介しましたが、国内プロジェクトでも同様のことが起こっており、コロナ禍が工程に及ぼした影響を海外プロジェクトと同じような遅延分析手法を使って立証することが求められた国内プロジェクトもありました。このような契約紛争を防ぐためには、海外プロジェクトで求められる契約管理や工程管理などを、国内プロジェクトでも実施をしていくことが今後必要になってくるでしょう。

 7回にわたって、海外プロジェクトの最新事情を商務的な観点から解説しました。建設プロジェクトを投資規模も大きく期間も長いので不確実な要素を内包しています。不確実な要素にどう対処するのがよいか、皆さまのお役に立つ情報が少しでもあれば幸いです。 (おわり)

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