業界PRを目的に、最先端の遠隔操作技術を取り入れた巨大文字の掘削や3Dプリンターを活用した公共工事の施工など、常に地域建設企業の未来を模索してきた湯澤工業(山梨県南アルプス市)の新社屋が完成した。一見するとモダンでデザイン事務所のような見た目だが、中身は違う。次代の地域建設企業の在り方を追求した。全工事で適用しているICT施工の現場を支援するためのDX(デジタルトランスフォーメーション)ルームや防音仕様の動画撮影スタジオなども完備する。2023年4月に3代目社長に就任した湯沢信氏に、新社屋に込めた思いを聞いた。
同社は、土木工事の施工や廃棄物処理を主体に、近年は木質ペレットなど再生可能エネルギー資源の製造・販売も手掛ける。
機械土工を得意とし、16年度から始まったi-ConstructionのタイミングでICT施工を積極的に導入、急成長を遂げてきた。現在の社員数は約60人。毎年10件を超える公共工事をコンスタントに受注している。
湯沢社長は新社屋の建設について「悪ふざけ」と冗談めかして言う。それもそのはずで、地域の一般的な建設企業の社屋とは様相が異なる。特徴ある外観の意匠だけではなく、内部も1枚1枚表情が異なる手作業でつくられたタイルや木材をふんだんに使用。「良い仕事をするために、良い仕事を知り、触れることが重要」との考えから、名品と呼ばれる欧米の什器や家具もそろえるなど、細部にまでこだわり抜いた。
もちろん、これらは悪ふざけではない。「日本中で災害が激甚化・頻発化する中、インフラの早期復旧を担う地域建設企業の役割の重要性が増している。災害拠点としても活用する社屋は安全な建物でなくてはならない」という思いが第一にあった。
新社屋はRC造を採用。屋上への太陽光パネルや、蓄電池システムを設置したほか、シャワールームなども完備する。災害発生時に地域の拠点として活用することも見据えて機能性を高めた。
それだけが理由ではない。むしろ、もう一つの側面が新社屋建設の真の狙いかもしれない。それは、持続可能な地域建設企業を目指すというあくなき挑戦だ。
自社はICT施工の導入など攻めの経営により、現在は成長軌道に乗るが、建設業界全体の担い手不足は深刻さを増す。業界活動などを通じて、「われわれの社会的価値を伝えるだけでは不十分だ。これからは見た目や働く環境を含めて、若い人がこの業界で働きたいと思えるような魅力化が必須」との思いを強く持っていた。
自身が社長に就任するに当たり、将来を担う社員とともに、自社のパーパス(存在意義)を改めて考え、「わが社が存在する価値は、「『POWER TO THE PEOPLE』-建設業が動かすものは土だけじゃない。人の心も動かせる」とした。こうした思いを具現化したのが新社屋だった。
◇社員教育を重視
コロナ禍を経て、現場のデジタル化は進んだ。だが、こうした経験を踏まえてこそ、人と人との直接的なやり取りの重要性が増していると感じたという。そのために、新社屋はガラスパーティションを多用した。明るく広々とした印象を与えるとともに、組織の透明性なども表現した。
さらに重視しているのが教育だ。加速度的な担い手不足を踏まえ、「10年で一人前では時間がかかりすぎ」と考えている。新社屋には教育動画をつくれる撮影スタジオや、ICTなどを学ぶためのトレーニングルームなども用意した。月に1回、外部の講師などを招いた全社員参加型の講習会も開き、技術力の底上げを図っている。
◇人集めて価値創出
全社員が集まることのできるシアター形式で階段席のある講堂も設置した。社員のコミュニケーション能力を高めるために、工事の進捗(しんちょく)状況の発表などに活用している。
「人間の力が会社の力に直結する」と断言する。学べる場の提供など、さまざまな仕掛けを用意することで人材採用面での好循環も期待する。
「人が集まることで生まれる価値がある」。それこそが持続可能な地域建設企業のあるべき姿だと信じている。
今後も地域の建設企業であり続けるためにさまざまな取り組みに挑戦する。大学など教育機関と連携したワークショップを開いたり、新規事業の創出を図ったりするなどアイデアは尽きない。旧社屋を使った新たな事業も準備しているという。
◇楽しむ姿を発信
これからは地域建設企業がSNS(交流サイト)などを使って認知度を高める取り組みがより重要になると語る。「かっこよく言えばブランディング戦略。皆で魅力を発信し、認知度を高めよう」と呼び掛ける。「われわれが本当の意味でこの仕事を楽しんでいることが大切。そうした雰囲気は周りにも絶対に伝わる」
広報業務なども担う経営企画本部長として社業を支える妻の湯沢めぐみさんは「仕事の魅力を子どもたちにも発信し、地域に信頼される企業を目指したい」と話す。「新社屋に人が集まり、楽しんでいる姿を発信していければ」と展望する。
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新社屋のデザインはローボート(東京都世田谷区)、設計は風間建築設計スタジオ一級建築士事務所(東京都国立市)、施工は協栄住建(山梨県中央市)が担当した。規模は延べ約800㎡。所在地は南アルプス市六科1375-1。