【名建築継承へ、共有別荘事業で起業】kessakuの藤井智大CEO | 建設通信新聞Digital

5月2日 金曜日

公式ブログ

【名建築継承へ、共有別荘事業で起業】kessakuの藤井智大CEO

藤井智大(ふじい・ともひろ)氏

「多くの歴史的・文化的価値のある建物が、継承されることなく姿を消しつつある」。共有別荘事業の開発と運営を手掛けるkessaku(東京都渋谷区)の藤井智大CEOは、こう指摘する。「有形登録文化財に指定されている建物だけを見ても、ここ5年で200件近くの建物が解体された」という。こうした現状を解決すべく、2月に起業した。デザイン業界で働くなどのバックグラウンドを持つ同氏の挑戦について聞いた。 「日本は新築市場主義で、価値ある建築物が解体されている。その価値を継承していくことが第一の目的だ」と語る。だが、個人がこうした建物を購入し、維持管理するには金銭面などで大きなハードルが残る。そこで持続可能性を追求する観点から「建物の権利を小口化し、販売することで、複数人で一つの建物を継承する仕組みを構築した」と明かす。

 購入者は、保有口数に応じて建物を別邸として毎年宿泊利用できる権利を得られる。建物の修繕や日々のメンテナンスはkessakuが担う。大きな資金や維持・管理の手間を掛けずに誰でも気軽に参加できるという新しい建築継承の在り方を提案する。

 会社設立後、すぐに事業内容は英国の雑誌メディア『MONOCLE』で紹介された。キオスクなどでも売られる同誌に取り上げられた効果もあり、販売に先立つ事前登録にも確かな手応えを感じている。

 事前登録のうち「8割は海外の顧客」と説明する。その要因については、「特にヨーロッパは古い建物を大切にする。われわれの事業に対するニーズがある」と分析する。自身は幼少期からの豊富な海外での生活などで得た経験を踏まえ、「欧米では古いことだけが理由で価値が下がるという考え方はない」と断言する。

 他方、「日本では減価償却の考え方もあり、完成後30年が経過すると価値がなくなると判断されることも多い」という。実はこうした市場構造のギャップにビジネスのチャンスを見いだした。

 藤井氏は2023年に海外の会社を退職し、日本に帰国した。その後、新たなビジネスを模索する中、豊かな自然環境にたたずむある別荘地の古民家に目を奪われた。温泉も引かれており、建築としての価値を感じた。魅力的な物件にもかかわらず、土地の評価額程度である販売価格に驚いた。

 元来、クラシックカーなど古い物に興味・関心があったという理由もあったが、建築の価値が評価されていない現状を知り、「日本の多くの建築物を大切にしたい」という使命感にも駆られ、「より良い活用方法があるはず」と考えた。これが起業のきっかけとなった。

 共有別荘事業では競合もいるというが、多くは新築が対象で、歴史的・文化的価値のある建物にフォーカスする事業は珍しいという。さらなる差別化に向けては、自身が大手自動車メーカーでデザイン戦略に従事した知見などを生かす。

1号物件の内観


 建物の持つ歴史や特性を尊重し、無駄な手を加えず適切な形で保全しつつも現代の快適性を加え、こだわり抜いたデザインを取り入れるほか、高級家具なども設置。単なるラグジュアリーではない、唯一無二の体験をつくり上げる。

 海外からの利用者も想定しながら、誰もが予約などをデジタル上で完結できるシステムを構築する。ユーザーインターフェースにもこだわったウェブサイトをつくり込む考えも示す。

 現在、各方面のプロフェッショナルと協業して岡山県の1号物件の改修を進めており、8月にも販売を開始する計画だ。

 藤井氏は今後の事業展開について、「日本各地にあった宿場町には多くの名建築が残っている」と述べた上で、「例えば中山道の各地にある名建築を巡り、昔の旅を疑似体験できるプログラムの提供も面白いかもしれない」と構想する。

 埋もれた名建築を探すことや保全に対応できる熟練職人の減少などの課題を乗り越え、「名建築所有の間口を広げることで、価値ある建築物が恒久的に継承され続ける世界を実現したい」と見定める。

 

【公式ブログ】ほかの記事はこちらから

建設通信新聞電子版購読をご希望の方はこちら