昨年末にオープンした静岡県富士山世界遺産センター(富士宮市)が好評を博している。建築家・坂茂氏による逆さ富士形の展示棟がひと際目を引くが、その内部は最上階まで続くらせん状のスロープで疑似登山を体験しつつ、信仰の対象と芸術の源泉としての富士山をさまざまな角度から体感できる仕掛けが施されている。展示設計をディレクションした丹青社の高橋久弥プリンシパルクリエイティブディレクターに話を聞いた
■富士山だからこそ
入社以来、34年にわたり国立科学博物館や台湾の国立海洋科技博物館など国内外でさまざまな文化施設の展示を手掛けてきた高橋氏だが、「それぞれの地域の特色を踏まえ、素材を生かしたメッセージの発信」を心掛けてきたという。その中でも富士山は「唯一無二で日本一の“素材”だった」と振り返る。
■3次元曲面に映像演出
底部は正円、上部は楕円を描き、ゆるやかに反り上がる“逆さ富士”は、傾斜や壁の角度がすべて異なる3次元曲面で構成されている。「その壁面に、複数のプロジェクターで1つの風景を映像として投影する」という高難度の課題を前に、同社は実寸大のモックアップを製作して最適解を導いた。カラーの映像は最も多い個所で8台のプロジェクターをブレンディングして1つのパノラマ映像をつくり出す。反対にモノクロの映像では、特撮映画背景描画の専門家で“雲の神様”と呼ばれる島倉二千六氏が壁に直接描いた壁画に映像を投影している。登山者の影を壁面に投影する演出も「プロジェクターの設置場所によっては、どうしても来館者の影がスロープの映像にうつりこんでしまうことを逆手に、登山体験をより強調する効果」から生まれた。制作に当たっては3次元データのやり取りもあり、「建築の3次元化が進む中、プロジェクターの配置と投影面の検証は一気に精度が上がった」と、映像演出の手法への自信をさらに深めるきっかけとなった。
これまでさまざまな文化施設の“空間編集作業”を担当してきた。「メッセージを発信しようとすると情報が多くなりがちなので、内容と量を精査することが大切。加えて、肌で感じてもらえるような仕掛けづくりも意識した」と語る。
■心地良い情報量を編集
今回のプロジェクトでは、静岡県の担当者、坂氏、展示の総合監修をした竹村眞一京都造形芸術大教授らとのワークショップの中でさまざまな方法論を協議した。 「来場者がどれくらいのレベルで情報を感じ取れるか、詰め込みすぎない心地良い情報量の編集ができた」と、 情報をシンプルに伝えるという共通認識を確認し、ダイナミックな情報編集のあり方が、体感的な展示をより際立たせている。
その顕著な例が、「ナレーションやテロップを一切排した“究極のユニバーサルデザイン”」という映像演出だ。4K画質の265インチスクリーンを備えるシアターで上映する自然の素晴らしさを伝える「天の巻」と、信仰の対象、芸術の源泉としての富士山を描いた「地の巻」の2番組は、現地での撮影から制作に2年半を費やした。
一方、解説などの展示グラフィックや情報検索端末はすべて日本語と英語、中国語(簡体、繁体)、韓国語の5カ国語を併記。 携帯端末による音声ガイダンスも同様の対応とし、国内外からの訪問者にも優しいつくりとなっている。さらに棟屋上の壁一面を彩る巨大な富士山の造形と富士塚は、左官技能士の挟土秀平氏に制作を依頼。 「言葉で説明するよりもアート」として強烈な印象を残している。