大林組 ワンモデルBIMへの挑戦 | 建設通信新聞Digital

4月27日 土曜日

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大林組 ワンモデルBIMへの挑戦

情報伝達のあり方変える

ワンモデルBIMのパイロットプロジェクトが着工したのは2017年12月

2019年に日本のBIMが10年の節目を迎える。“BIM元年”と称された09年当時は3次元の可視化効果に注目が集まったが、10年の歳月を経て、BIMは生産性向上の手段として大きな変貌を遂げようとしている。建築設計事務所は設計ワークフローの再構築に動き出し、ゼネコンは設計施工一貫プロジェクトのプラットフォームにBIMを位置付ける。急速に変貌するBIMのいまを追った。
「これが今後の主流になることは間違いない」。大林組が大阪市内で施工する大阪みなと中央病院工事の池本和清所長は、社を挙げて試行に踏み切ったワンモデルBIMの可能性を誰よりも感じている1人だ。プロジェクト関係者が1つのモデルから情報を出し入れするワンモデルBIMの試みは、設計変更などがあった場合、すべての関連情報が連動しているため、その都度の図面の書き直しなどの手間が必要なくなり、建築生産における情報伝達のあり方もこれまでとは大きく変わってくる。同社は建築生産の新しい価値創造を実現する手段として、ワンモデルBIMを掲げ、その試金石に同現場を位置付ける。
これまでゼネコンでは、2次元で作成した設計図書を下敷きにBIMモデルを構築してきた。設計担当者にとってはモデル作成が負担になり、しかも設計変更などの際にBIMモデルの整合性を保ち、常に最新のモデルを現場に提供する大変さもあった。ワンモデルBIMの推進役を担う建築本部PDセンターの中嶋潤副部長は「大きな一歩を踏み出した」と手応えを口にする。

クラウドサーバー上に保管された関連データをリアルタイムに出し入れする

大手ゼネコンの中でも、同社はBIMにいち早く取り組んできた。13年には建築本部のBIM推進室を発展させ、現在の中心的な役割を担うPDセンター体制を構築。16年4月には大阪本店にPDセンターの大阪駐在を置くなど、BIM活用に向けた社内体制の拡充を推し進めた。当時はまだワンモデルという明確な考え方はなかったものの、建築生産システムの中でデータを一貫して共有する方向性を模索していた。
社としてワンモデルBIMを位置付けたのは17年4月からだ。BIM標準ソフトにオートデスクの『Revit』を定め、同年11月には本支店にBIMマネジメント課を発足し、現場への支援を担うBIMマネジャーという役割も設けた。村田俊彦専務執行役員建築本部長が「仕事のやり方や情報伝達のあり方が変わるきっかけになる」と大きな期待を寄せるように、同社は新たな建築生産の確立に向け、ワンモデルBIMへの挑戦を明確に打ち出した。
そのパイロットプロジェクトに指定された際、大阪みなと中央病院工事では実施設計の真最中だった。基本設計からRevitを駆使していた設計担当は、かねてから意匠と構造の統合モデルを作成するプランを持っていたこともあり、タイミングよくワンモデルBIMの初弾プロジェクトとして白羽の矢が立てられた。
「ここでの成果が大林のBIMの明暗を左右する」と建築本部PDセンターの田岡登部長が関係者の思いを代弁するように、現場はワンモデルBIMを軸に回り始めた。 着工したのは17年12月。真っ先に変わり始めたのは現場担当者の意識だった。

最大価値は情報の出し入れ/組織内の垣根もなくなる

ゼネコンの優位性を発揮できる設計施工一貫プロジェクトは、設計から施工へのスムーズな情報共有が生産性向上の強みになるが、これまでは設計図書をベースにBIMモデルを作成し、関連情報との密接なデータ連携はしていなかった。大林組の挑戦するワンモデルBIMは、生産設計図、設計図、意匠図、確認申請図など関連する図面類すべてが1つのファイルとしてまとまり、データ変更の際にはすべての関連情報が追随する。

総合図は基礎工事がほぼ完了した2018年3月に完成

「ここにプロジェクト関係者が集まってくる」。建築本部PDセンタープロジェクト第三課の森泰志副課長は、クラウド内に構築した大阪みなと中央病院工事のモデルデータを指差し、そう力を込める。大阪本店の設計担当や現場の生産設計担当、さらには外部の協力事務所まで総勢30人がアクセス権限を与えられ、常時10人ほどがアクセスしている。
プロジェクトの関連データすべてがここに集約され、まさに情報の格納庫になっている。意匠、構造、設備はもちろん、内装の細かなデータまでもが入り、しかも変更時にはリアルタイムにデータが更新される。現場関係者はファイルを除けば、最新情報をすべて得ることができる。「BIMのメリットは3次元の可視化ではなく、むしろ情報の出し入れにこそ最大の価値がある」と力説する森氏は、現場が情報を活用しやすいよう作業補助などの支援ツールを自ら作成し、現場導入を後押ししている。
同社はワンモデルBIMの支援役として、2017年11月にBIMマネジメント課を発足し、全国で60人ものBIMマネジャーを任命した。大阪本店建築事業部生産設計部企画課の細見奈美副課長もその1人だ。 現場とのつなぎ役として活動する中で「情報をどう取り出すかという現場のニーズが数多く上がるようになった」と、現場の意識変化を如実に感じ取っている。

病院スタッフとは頻繁に打ち合わせを繰り返す

工事第二部工事第二課の谷敬大課長はBIMマネジャーとして、情報共有のルール決めを担当する中で「当初は新しさ故の抵抗が現場にあった」ことを明かす。大阪みなと中央病院工事は病床数275床、13階建て延べ1万8509㎡。この規模であれば、生産設計担当は通常3人ほどを配置するが、ここではあえて2倍の6人に増やした。ワンモデルBIMを前提にしながらも、万が一を考慮し、通常の2次元の生産設計担当も置くダブル体制を確立した。
ワンモデルBIMは、リアルタイムに情報が整理される仕組みだからこそ「組織内の垣根はなくなり、設計と施工が一体になって情報を共有している状態をつくらないといけない」と森氏は強調する。つまり、設計担当に現場の要望が迅速に伝わる仕組みが整わなければ成立しない。こうした状況を目の当たりにする谷氏は「いずれはワンモデルBIMに沿った業務フローの見直しも必要になる」と先を見据えている。
17年12月の着工から、生産設計部隊は急ピッチで総合図の作成を進めていた。意匠と構造図の統合モデルを基に、そこに設備のデータを反映する形で総合図を完成させたのは着工から4カ月後の18年3月のことだ。現場は基礎工事が完了し、いよいよ躯体工事が始まるタイミングであった。

情報伝達が生産性を向上/現場がやることは変わらない

パイロットプロジェクトに選ばれた大阪みなと中央病院完成予想

「現場がやるべきことは従来となんら変わらない」。大林組がワンモデルBIMに挑戦する大阪みなと中央病院工事現場の池本和清所長は自信満々に語る。当初はパイロットプロジェクトに選定されたことに驚きと不安を抱いていたが、建築本部PDセンターとの入念な打ち合わせを経て「現場が情報伝達をコントロールできれば、大きな生産性向上の成果を得ることができる」と思いを一変させた。ワンモデルBIMによって、情報共有のスピードは一変し、現場運営にも余裕が生まれている。
建築現場では小梁変更などが頻繁にある。従来、こうした変更点は月1、2回の連絡会議などで設計担当に連絡していたが、ここでは現場と設計担当がワンモデルBIMでダイレクトにつながる。現場の生産設計を統括する吉村昇設計長は「ここでは情報がリアルタイムに移り変わる仕組みに変わり、設計担当と常にコミュニケーションをとっていなければ、情報が独り歩きしてしまう懸念もある」と説明する。
防火・防煙区画など建築確認に絡む設計情報については、現場サイドで変更しないルールを設けるなどの対策も講じている。協力会社への図面提供では鉄骨製作会社にワンモデルBIMから出力した部材情報を提供し、それをもとに鉄骨製作図を仕上げる流れとなり、より正確で効率的な情報共有が実現している。

現場を支える吉村設計長(右から)、清水副所長、池本所長、巌さん

着工当初、ワンモデルBIMを試行することに不安を抱いていた清水一男副所長も「これまでの現場では日々変更され、最新の図面を見つけることに一苦労していたが、ここでは常に最新版と向き合いながら仕事ができている」と手応えを口にする。生産設計担当の巌恵理さんも「図面変更への対応時間が大幅に削減されている」ことを実感している1人だ。現場で一般化している色分図は、プランが変更されるたびに修正していたが、ここではリアルタイムに図面が色分けされる。従来は平面詳細図、躯体図、仕上図などのすべての関連図面の色分けを行う必要があり、これまでは数時間の手間がかかっていた。
現場での活用を支援するため、週に2回は現場に足を運ぶ建築本部PDセンタープロジェクト第三課の森泰志副課長は「着工当初に感じていたワンモデルBIMに対する現場の不安は、半年後には期待へと変わった」と先を見据える。同社はワンモデルBIMの実現を目指し、まずは社内や現場の情報共有環境を整えることに力を注いできた。田岡登建築本部PDセンター部長は、現場の意識変化を目の当たりにして「この現場が大林BIMのブレークスルーになる」と確信している。
日本国内でBIMへの関心が高まったのは2009年のことだ。当時は3次元設計に脚光が当たり、可視化による情報共有の効果が取りざたされた。ワンモデルBIM現場で生産設計を統括した吉村設計長は、改めてBIMについて考えを巡らせ、BIMを形成する「I」(インフォメーション)の重要性について「情報共有のあり方が大幅に改善されれば、現場はもっと飛躍的に変われるはずだ」と実感していた。

顧客対話でも新たなカタチ/迅速に動け即座に見積もり

大林組が取り組むワンモデルBIM現場の大阪みなと中央病院工事では、顧客への情報伝達も大幅に変わった。設計段階からBIMを使った入念な打ち合わせをしてきたが、施工段階でも顧客との合意形成にはBIMが大いに役立っている。現場内の情報共有ではワンモデルBIMから出力した2次元図面類を使い、3次元データの活用はほとんどしていないが、顧客とのやり取りには3次元データを大いに活用している。
現場は、要望があった変更点を踏まえたスケッチを顧客に見せながら、その場で設計図面を書き直している。これまでは図面を見ながら顧客と話し合い、変更点を持ち帰り、設計担当に回して図面を書き直した上で後日、顧客に示していた。ワンモデルBIMの強みでもある情報連携効果によって、スケッチをその場でモデルに反映し、顧客と合意できるスタイルが、ここでは一般化している。
顧客と使い勝手の確認を目的とした総合図調整会議などでは、ワンモデルBIMからの図面情報を大画面で投影し、顧客に部屋の大きさや扉の位置、さらには使い勝手も含めてヒアリングした。同席した設計担当が修正点をすぐさまモデルに反映し、合意する場面もある。「この仕組みによって、現場はスピーディーに動けており、即座に見積もりにも着手できている」と、清水一男副所長は力を込める。
顧客とは毎週水曜日に定期的な打ち合わせをしている。現場は図面を広げ、要望を聞きながら、修正個所を一つひとつ確認していく。手術室については各診療科が使うことから、あえて3次元を使って担当医などを交えた確認を進めており、さまざまな要望を聞く手段としても、3次元が有効に機能している。
ことし9月には現場に病院関係者6人を招いた。病室の細かな寸法出しなどを改めて確認する手段としてVR(バーチャルリアリティー)を活用し、実際の医療スタッフに病室を体感してもらい、率直な意見を聞いた。参加した本多日出美副看護部長は「病室の細かな部分まで確認、体感できた」と驚きを隠せない。

病院の寸法洗い出しにはVRを活用

病室では、ベッドの位置だけでなく、その脇に配置するコンソールボックスとの距離も重要になってくる。ベッドから見える窓の位置も含め、2次元図面では細かな部分まで確認しにくいポイントを、VRで一つひとつ入念に確認した。「空間体験することによって、設計段階では気付かなかったような細かな室内の状況まで確認できた。車いすもVRに入れてくれたら、さらに良かった」(本多副看護部長)と、顧客側もBIMの効果を実感している。
VRの構成データも、ワンモデルBIMがベースになっている。1つのモデルデータにすべてのプロジェクト情報が集約されている利点は、さまざまな情報活用を実現する糸口でもあり、活用の仕方次第ではさらなる生産性向上につながるきっかけにもなる。建築本部PDセンターの中嶋潤副部長は「顧客との合意形成でも情報伝達の新しいカタチが生まれようとしている」と説明する。

新ステージ開く大林モデル/主体は現場でなく設計

ワンモデルから出力できる情報と協力会社が必要とする情報の見解を共有

大林組のワンモデルBIMは、どこに向かおうとしているか。プロジェクト情報を連動させ、1つのデータベースとして集約する試みには、その基盤に置くオートデスクのBIMソフト『Revit』と関連ソフトとのデータ連携も欠かせない。ワンモデルBIMの実現に向け、同社はパイロットプロジェクトに位置付ける大阪みなと中央病院工事現場内における情報伝達の仕組みを構築するだけでなく、ソフト連携の効果も検証している。
実施設計後の精積算では、Revitと積算ソフト『HEΛIOΣ(ヘリオス)』の連携も試みた。これまでは担当者が2次元図面をもとに、HEΛIOΣを使って部材を配置し、数量を算出していたが、今回はデータをダイレクト連携させた。大阪本店建築事業部見積第二部積算第一課の片山哲史主任は「1割もの省力化につながった」と手応えを口にする。数量積算に費やした時間はおよそ2週間。時短効果より、むしろチェック時間を十分に確保できたことが大きかった。将来的には、設計段階で部材などを変更した場合もダイレクトに概算費用が見積もれるような「コストマネジメントのシステム構築への道筋が見えた」と先を見据える。
鉄骨製作会社ともデータ連携に取り組み、鉄骨専用CAD『ファーストハイブリッド』を用いて、現場では協力会社とのモデル承認も実現させた。従来の図面承認に比べ、関係者同士の回覧時間が大幅に削減したほか、重複作業も軽減した。仮設計画データを将来の増改築時の必要情報として生かす考えも持っている。ワンモデルBIMの推進役である建築本部PDセンターの中嶋潤副部長は「こうした実績の積み重ねが、協力会社も含めた現場全体の生産性向上につながっていく」と力を込める。
ワンモデルBIMの試行工事は現在、5プロジェクトに及ぶ。先導する大阪みなと中央病院工事の池本和清所長は「ワンモデルBIMの主体は現場ではなく、実は設計にある。設計(情報)がしっかりしていて初めて、現場はワンモデルの優位性を生かすことができる。これを大林モデルとして確立していきたい」と強調する。
ワンモデルBIMは、設計情報の構築や管理そして伝達の手法を変え、それに呼応するように仕事の進め方自体にも変化をもたらす。ワークフローの再構築が強く求められるだけに、社を挙げた大改革に発展する可能性を秘めている。まさに働き方改革にも通じる。中嶋氏は「ワンモデル構築にかかる実務面の課題はまだまだ山積している。例えばデータの正しさを監視する役割を誰が担うかも大きな課題の1つだろう」と明かす。
情報伝達の流れを保つには、日々更新し続けるモデル内のデータをいかに整理していくかが求められる。海外ではBIMマネジャーという職能が確立され、彼らが情報共有の流れを常にコントロールしているが、日本では関係者が融通しながらデータの交通整理をしているのが実態だ。
動き出したワンモデルBIM。これに着目するのは同社だけではない。実は他の大手ゼネコンも導入に向けた検討を始めようとしている。日本では2009年の“BIM元年”から間もなく10年の節目を迎える。社を挙げて真っ先にパイロットプロジェクトを定めた同社の試みは、日本のBIMプロジェクトを次のステージに進める先駆的な挑戦に他ならない。

鉄骨制作ではモデル承認も行った

掲載は『建設通信新聞』2018年11月26日~30日の5回