長谷工コーポレーション こだわり続ける一貫BIM/22年3月期に設計施工100% | 建設通信新聞Digital

4月26日 金曜日

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長谷工コーポレーション こだわり続ける一貫BIM/22年3月期に設計施工100%

 「あくまでも設計施工一貫のBIMにこだわってきた」。長谷工コーポレーションの堀井規男設計部門エンジニアリング事業部統括室長は、そう力を込める。今2019年3月期に着工した3割のプロジェクトでBIMを導入する同社は、22年3月期には設計施工の全案件に全面導入を計画立てる。第1号案件に挑んだのは5年前。一気に階段を駆け上がってきた。

 マンション事業に特化する同社は設計・施工一貫比率が95%に達する。近年は工事完成後の建物管理や維持修繕といったストック領域にもグループを挙げて対応し、マンション事業におけるフローからストックまでのトータルビジネスを経営の軸に置く。

長谷工版BIMはフローからストックまでのトータルビジネスを目指す

 豊富な土地情報力を足がかりに建物と土地をセットにした事業提案による設計施工の特命受注が同社の強み。プロジェクトの川上から川下までをより強固に結ぶには一貫した情報伝達が欠かせない選択肢となり、その手段としてBIMに白羽の矢を立てた。堀井氏は「すべてのステージでBIMをフル活用するため、ワンモデルで事業全体をつなぐことにこだわっている」と先を見据える。

 そもそも同社がBIMの検討に着手したのは“BIM元年”と言われる09年のころ。3次元モデルデータの有効性を把握しようと市場調査に乗り出したのがきっかけとなった。11年には社内ワーキングを立ち上げ、本腰を入れて導入検討に乗り出した。当時は他のゼネコンにも同様の動きは見られたものの、設計段階を軸に検討するケースがほとんどだった。あくまでも同社は設計と施工の両部門を議論に参加させ、当初から一気通貫のシステムを目指してきた。

 「わが社の生産システムとBIMの相性は良いはずだ」。9割を超える高い設計施工比率を誇るだけに、BIMによって設計と施工の密接な連携効果を最大限に発揮できるとの狙いが、当時から経営陣にはあった。14年4月に着手した第1号プロジェクト『ブランシエラ板橋西台』から、現在までに112プロジェクトの設計に導入し、うち36件が竣工済みだ。

 既に設計段階では5割のプロジェクトにBIMを導入、21年3月期には100%に達する見通し。設計施工案件では翌22年3月期に100%導入への道筋を描く。とはいえ道のりは平坦ではなかった。原英文建設部門建設BIM推進部部長が「失敗を繰り返しながら、一歩一歩地道に進展させてきたことがいまの原動力になっている」と振り返るように、同社はBIMを軸に建築生産の抜本的な改革を進めてきた。

 第1号案件では、従来のCAD作図に対して5倍もの手間がかかった。導入プロジェクトを着実に積み増し、BIMへの対応機会を養ってきたものの、3年後の17年10月時点でもまだ2倍もの手間がかかっていた。「手が慣れるだけでは限界がある。データのハンドリングをもっと高めなければ」(堀井氏)と、標準システムとして位置付けるBIMソフト『Revit』を、設計施工一貫のワークフローに見合うようにカスタマイズした。それが長谷工版BIMの始まりであり、改革の大きな一歩となった。

 

CADからBIMへかじ切り/施工図組み入れ「統合図」に

 長谷工コーポレーションが標準BIMソフト『Revit』のアドオンツール「H-CueB」を構造計画研究所と共同開発したのは2017年10月のことだ。BIMの導入を推し進める中で「データの重さ」「データ精度の確保」「生産効率の低下」という課題が浮き彫りになり、それらを解消する手立てとして、モデルデータ構築に伴う作業をより簡単に進められるよう、自動化ツールなどをシステムに組み込んだ。

 堀井規男設計部門エンジニアリング事業部統括室長は「CADからBIMへの転換には、われわれのワークフローに沿ったシステムの最適化が必要だった」と振り返る。BIMの作業手間は導入から3年が経過してもCADの時と比べて2倍もあった。モデルデータの属性情報を使い、的確に部材などが配置できるようにシステムを改善し、遠回りせずダイレクトに作業が行えるようになった。

 特に設計段階の生産性向上には自動配置ツールが大きく寄与している。例えばマンション住戸内に照明を配置する際、機器情報を基に適正な高さや角度に自動配置される。新屋宏政エンジニアリング事業部BIM推進室室長は「わが社に規格設計が根付いているからこその成せる技だ」と強調する。

 同社は生産性と品質の向上を目的に、工業化・標準化に徹底してこだわってきた。住戸内は水回り、ドア、家具に至るまですべての製品情報をメーカーとタイアップして厳密に把握しているため、実施設計時には製品情報を基にした自動配置の設計が可能になる。中野達也BIM推進室チーフは「マンションプランでは高さ条件など設計の細かな約束事も多く、オペレーターが戸惑う場面もあるだけに、自動配置の効果は大きい」と手応えを口にする。

 操作時にワークフローの流れに沿って作業を進められるようシステムのインターフェースを変えたほか、BIMモデルや図面のステータスを可視化する仕掛けも採用した。従来であれば複雑な操作になる面倒な部分は自動処理により、より簡単な作業性となった上、作業の可視化を重視したことで管理者も一目で状況を把握できるようになった。

 H-CueBの導入に合わせて取り組んできたワークフローの最適化では、施工図の扱いにも切り込んだ。これまで施工図は設計図書を下敷きに描いていたが、BIMワークフローの流れを追求する中で、設計図書の段階から施工図レベルの情報を入れ込む流れが色濃くなり、「そもそも図面作成時に設計と施工を区分けする必要はない」(堀井氏)との認識で一致した。

 BIM導入をスタートさせた当初は、BIMモデルから設計図書や施工図を出力することに注力していた。原英文建設部門建設BIM推進部部長は「図面出力ではなく、あくまでもモデルをしっかりと描き、その情報を施工に生かすことを前提にBIMを導入する方針に切り替えたことが大きかった」と振り返る。

18年夏から統合図へ移行

 図面出力から生産性向上にかじを切ったのは17年。モデル優先を突き詰めた結果、設計図面に施工図を組み入れた 『統合図』にもたどり着いた。 専門工事会社からも3次元モデルデータでの共有を求める声が少なからずあり、「図面にこだわる必要はない」(原氏)と確信し、18年夏から統合図への移行を始めた。

 

設計レビューに6部門参加/着工後の質疑5割削減

 従来のCAD作図と比べ2倍ほどの手間がかかっているBIMの導入状況を、長谷工コーポレーションはどう評価しているか。BIMソフト『Revit』をより使いやすくするため、自動化のアドオンツール「H-CueB」を導入し、以前よりも2割程度の作業効率化が実現したものの、それでも従来のCADと比べれば、まだ1.6倍程度の手間がかかっている。

 堀井規男設計部門エンジニアリング事業部統括室長は「BIMの導入で川上に業務を前倒していることも関係している」とフロントローディングの影響を示唆する。単純に統合図に移行し、設計段階の作業や密度が以前よりも増えただけではない。「それに見合うアウトプットの効果を得られている」と施工時の手戻り削減を評価する。

 設計レビューの密度向上も、如実に表れている効果の1つだ。H-CueBには進捗管理を把握できる「ステータスブラウザ」機能や、3次元モデルをさまざまな角度からチェックできる「プレコンストラクション」機能があり、設計段階から施工時や維持管理時の不具合を念入りに検証できる。従来のレビューは設計図面をベースに確認していた。BIMに移行してからは設計だけでなく、施工、設備、CS促進などの6部門が参加する枠組みに切り替え、より多くの目線からチェックできる体制を整えた。

 チェック項目数は1プロジェクト当たり多い時には900程度にも及ぶ。 これまでは設計図書を広げてチェックしていたが、 現在はBIMモデルに図面を重ね合わせた「ビジットビューア」 機能を使い、 担当者同士で気になる部分にコメントを入れるなどの情報共有を行い、 より広範囲に細かな部分までチェックするようにしている。

BIMモデルに図面を重ね合わせてレビューする

 堀井氏は「図面チェックでは気がつかない部分が、3次元では明確に見えてくる。事前に厳格な検討ができるため、後工程への手戻りが格段に減った」と胸を張る。着工後の設計質疑量は従来と比べ5割削減、BIMモデル修正項目数も3割削減と数値的な効果としても明確に表れている。「今後は事業者にもレビューに参加する流れを作りたい」と明かす。

 あくまでも設計施工一貫のBIMにこだわってきた同社が、建設部門に「建設BIM推進部」を発足したのは2017年1月のことだ。これを機に社を挙げて施工段階のBIM導入にかじを切ったものの、それまでは明確な目的が見いだせず、足踏み状態が続いていた。発足に際して推進部がBIM導入の目的を「図面出力から生産性向上に切り替えた」ことで、目指すべき方向性がはっきりした。

 以前は、設計部門が建設部門のためになぜ汗を流すのか、というような意見もあった。施工図をなくし、統合図に一本化する道を選択したことで、設計部門と建設部門の垣根もなくなった。エンジニアリング事業部の新屋宏政BIM推進室室長は「もし施工図にこだわっていたら、社内の連携効果を最大限に生かすことはできなかっただろう」と振り返る。

 

現場のこだわりを統一化/情報化生産の扉も開く

 長谷工コーポレーションは施工段階でのBIM導入効果を引き上げるため、現場のローカルルールを抑制し、ディテールの統一化を推し進めてきた。原英文建設部門建設BIM推進部部長は「現場ごとのこだわりが、逆に生産性向上の手間になってしまう可能性もある」とポイントを絞り込む。

 設計段階から施工や維持管理を見据えてモデルチェックを行う同社のBIMフローをスムーズに循環させるには、統一のルールに沿って組織全体が動くことが求められる。手戻りをどれだけ減らせるかが生産性向上の前提となるだけに、フロントローディングによって設計段階で多くのモノ決めを確定する同社にとっては、施工段階におけるモデル修正を最小限に抑えることが生産性向上の生命線になる。

 同社は現場ごとのこだわりを整理し、より効果的な取り組みを水平転換するため、2018年9月にルール集を取りまとめた。協力会社組織「建栄会」とは生産性と品質を向上させる取り組みとして、長年にわたってバリューアップ活動を積極的に推進し、具体の成果を挙げてきた。現場は好事例を参考にしながら、常に独自で生産性向上を突き詰めてきたが、現場の改善事項を共通ルール化しなければBIMの統一的な運用の妨げになる。同社は現場の改善事項とともにモデリングルールを統一した。

 設計施工一貫のBIMを徹底するため、BIMモデルの変更では現場に権限を与えず、変更が生じた場合には設計部門に依頼し、モデルを修正するルールも定めた。堀井規男設計部門エンジニアリング事業部統括室長は「情報を一元管理しないと、ワンストップ体制の精度を保つことはできない」と、その狙いを説明する。

 一貫BIMを突き詰める同社は、 情報化生産の扉も開こうとしている。 「今後はデジタルデータでの伝達が主流になる。生産システムの変化は伝達の手段が変わることを意味する」 とは原氏。 既に一部のメーカーとは製作図発注モデル作成の承認作業完了後にCSVデータを渡す動きが活発になっている。

 先行する東芝エレベータとは図面なしでBIMモデル承認を行っており、木製建具を専門とするグループ会社のフォリスとはCSVデータを製作に回す取り組みを進めている。18年10月にはサッシメーカー4社が共同仕様書をつくり、設計の要求性能に合わせて製作側にデータを提供できるような枠組みを整えたことから、現場検証もスタートさせた。

 専門工事会社にも変化の波が押し迫っている。型枠大工には図面の代わりにBIMモデルから切り出したデータを渡し、指定したソフトで割付図を作成してもらう流れを位置付ける計画。鉄筋も配筋の詳細図ソフトを一本化し、BIMとの連携度合いを高める方針だ。

現場は協力会社とモデルを観ながら協議

 これまではメーカーが参考図を作成し、それを図面に反映していた。専門工事でも施工図がなくなる流れが明確になっている。BIM導入が一気に進む同社の現場では協力会社とモデルを見ながら納まり確認などを行うケースも多く、50インチ超の大型モニターを配置する現場事務所も目立ってきた。

 

新たな価値提供に進化/各フェーズにBIMフル活用

 BIMからLIM(リビング・インフォメーション・モデリング)へ--。長谷工コーポレーションは事業戦略として住まい情報(BIM)から暮らし情報(LIM)への展開を位置付ける。活動領域は計画・設計・施工・販売のフローから、建物管理・大規模修繕・リノベーション・建て替えのストックにまで広がり、それに対応させた一貫BIMの構築を青写真として描く。

 既にマンション販売では、BIMモデルから完成イメージなどをパンフレットに出力しているほか、モデルルームではVR(仮想現実)を使って住戸を実体験してもらう取り組みも始めた。現在2件のモデルルームで活用を始め、好評を得ている。中野達也エンジニアリング事業部BIM推進室チーフは「販売手法が大きく変わるように、ストック領域のサービスのあり方も今後大きく変化するだろう」と力を込める。

モデルルームではVRを使い、住戸を実体験してもらう試みもスタート

 実験的に自社の社員寮では、センサーから暮らしの情報を取り込み、新たなサービスに発展させる検討もスタートさせた。BIMデータを基盤にAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)への展開を見据えた試みとなり、将来的には外部と連携したオープンイノベーションに発展させる計画を持つ。堀井規男設計部門エンジニアリング事業部統括室長は「フロントローディングをしているとはいえ、現在1.6倍に及ぶ従来のCAD作業との差を1.0倍まで持っていきたい。そのためにはAIを駆使した設計のプロセスも必要になってくる」と先を見据えている。

 同社は、マンション事業のストック領域にも、BIM活用の幅を広げようと、設計施工段階から入れ込むべき情報の整理を進めている。設計レビューに事業者も参加させる計画を持つのも、より前段階から完成後のことを見据えた検討をすることができるとの狙いからだ。

 「目的をしっかりと定め、情報を集約することが何よりも大切。情報を正確に、そしてタイムリーに伝える仕組みづくりにこれからも注力する」と原英文建設部門建設BIM推進部部長は自らに言い聞かせるように語る。2022年3月期に設計施工案件でBIM100%を目指す中で、新屋宏政エンジニアリング事業部BIM推進室室長は「そこが建設段階の総仕上げの年であり、ストックを見据えた次の時代の幕開けでもある」とポイントを絞り込む。

 同社が目指すBIMからLIMへの道のりは、決して平坦ではない。「設計施工の段階では既に7合目まで登り詰めているが、ストック領域まで含めれば、まだ5合目ぐらいだろう」と原氏は考えている。マンション事業でのトータルビジネスという視点に立つ同社は、各フェースでBIMをフル活用できる枠組みを描くだけに、目指すべき到達点はまだ先にある。

 「いままでにない価値提供がLIMの領域になる。マンションのトータルサービスを展開する中で5年先、10年先にはBIMからLIMにシフトしていくことになるだろう」と、堀井氏は力を込める。軌道に乗り始めた長谷工版BIMは、さらなる進化に向けて動き出している。

掲載は『建設通信新聞』2019年3月7日~14日の5回