【相次ぐ石垣被害 修復にアーカイブデータ活用】凸版印刷ら | 建設通信新聞Digital

4月19日 金曜日

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【相次ぐ石垣被害 修復にアーカイブデータ活用】凸版印刷ら


岸上氏と、熊本城内をバーチャル見学できるVR作品『熊本城』。トッパンVRの特長である拡張性を生かし、被災前の姿を再現したデータも追加しながら公開している

 近年、地震による石垣被害が全国の城で相次ぐ。石工職人が目視で積み直す石垣修復は、貴重な文化財としての価値を損なわない丁寧な作業が求められ、膨大な時間とコストがかかる。2016年の熊本地震では、熊本城が戦後最大の文化財被害を受けたことは記憶に新しい。武者返しと呼ばれる美しい曲線を描いた石垣の約3万個が崩落し、緩みや膨らみも含め10万個の積み直しが必要となった。17年には熊本大と凸版印刷が連携協定を締結し、被災前に作成したVR(仮想現実)のデジタルアーカイブデータをフル活用し、崩れた石材の位置特定を効率化する「石垣照合システム」を開発、修復支援に取り組んでいる。城郭全体の復旧には20年が必要とされ、凸版印刷文化事業推進本部課長の岸上剛士氏も「石材の配置を特定するのは膨大で難解なパズルを読み解くよう」と表するほどだが、デジタルアーカイブデータを石垣復旧に活用する事例は珍しく、文化財を保有する他の自治体も熱視線を注ぐ。

 復旧作業当初は、崩落前後の写真と照らし合わせながら、石材の元の位置の特定を試みたが、そもそも崩落前の写真が少なく、紙写真をスキャンしても解像度は低い。加えて、「武者返し」特有の石垣面の傾斜や広角レンズならではのゆがみもあり、一つひとつの石の輪郭が判別しづらく、結局は断念することになった。
 デジタルアーカイブの構築やコンテンツ制作に携わる岸上氏と、熊本城との縁は09年にさかのぼる。運営にかかわる城下の観光施設向けに、古い図面を読み解きながらCGを使い、江戸時代中ごろの姿を再現するVR作品『熊本城』の制作に携わったことがきっかけだ。熊本城の甚大な被害に胸を痛め、「何か自分にできることはないだろうか」と考える日々が続いたという。

震災により名城は激しく損壊。城内にはおびただしい数の石が行き場を失って転がった。文化財の価値を損ねないように、崩落した石材を元の位置に戻すことが石垣修復の鉄則となる(出典:熊本災害デジタルアーカイブ/提供者:熊本大)

 そもそも凸版印刷は、印刷技術を通じて培った高繊細なデジタル化技術やカラーマネジメント技術などをもとに、貴重な文化財をデジタルアーカイブデータとして保存している。その表現方法の一つとして、90年代後半から文化財をVRで再現する活動に取り組んできた。同社には国内のみならず、世界を対象に100件以上の文化財をVR化した豊富な実績があり、作品『熊本城』もその一つだった。

VR技術で再現した『帝国ホテル・ライト館』 (製作・著作 凸版印刷)

 岸上氏は、その制作過程で何度も現地に足を運び、天守閣、宇土櫓(うとやぐら)、本丸御殿などの建造物や石垣を精緻に撮影した。チーム全体で約4万点のデジタル写真を撮影していた。そのことによって「一筋の光明が差したといえるかもしれない」と岸上氏。これをもとに、石材ごとの正対画像を作成、輪郭をトレースするなどの過程を経て、崩落前の石垣データベースを作成することができた。
 それを、熊本大が開発したICP(Iterative Closest points)アルゴリズムによる照合技術と組み合わせることで、崩落した石材の輪郭と、デジタル画像に記録された石垣の組み方などを比較し、崩落後の石材が崩落前のどの位置の石材かを自動的に推定する「石垣照合システム」を完成させた。被災した際に崩れ落ちそうな建物を支えた「一本石垣」が注目された飯田丸5階櫓の南面312個および東面159個の石材に対し同システムを使った照合したところ、事前に熊本市が目視で照合した結果と比べて約9割の正解数を記録した。熊本市の職員が目視で判別できなかった43個の石材や、目視では他の候補を挙げていた17個の石材についても適正な位置を見つけることに成功した。

システムを使って石材を確認する石工職人

 照合結果を現場で確認できるインターフェースも開発し、石材置き場から対象の石材を絞り込む石工職人の作業負荷を軽減した。例えば500個ある候補の石材を5-10個程度にまで絞ることができたという。しかし、「システムがはじき出した結果をもとに自動で積んでいくという段階には至っていない。石材の候補が提示されたあと、本当にこの石はここに積んでいいのかという確認作業を石工職人にしていただくことが大切だ」と語る。
 熊本市が16年12月に策定した「熊本城復旧基本方針」によると、全体の約3割に及ぶ石垣や、重要文化財を含む30棟以上が被災した熊本城の城郭全体の復旧には、約20年を要する。歴史的遺構が災害などで傷つくと、元の姿を取り戻すまでには長い歳月が必要だ。熊本城の復旧はまだ道半ばだが、岸上氏はこれまでを振り返り、「デジタルアーカイブデータの重要性を改めて痛感した」という。
 「デジタルアーカイブやVR技術は、アナログに対立するものと思われている。CGやVRはデジタル、文化財はアナログと別の存在として扱うのではなく、両者をうまく融合すればそれぞれの強みが生かされ、新しい価値を生み出せる。文化財の魅力を伝えるだけにとどまらず、社会課題の解決にも活用できる」と見据える。



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