【挾土秀平氏、左官職人の枠超え新たな境地へ】 | 建設通信新聞Digital

5月10日 金曜日

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【挾土秀平氏、左官職人の枠超え新たな境地へ】

◆左官の枠超えアートに挑む

 「残りの人生で、職人を超えてアートというものにどれだけ迫れるか挑戦したい」。日本を代表する左官職人の挾土秀平氏は、そう力を込める。「ザ・ペニンシュラホテル東京」などの名だたる商業施設、一般住宅、ひいては海外の空間までも彩る活躍を続け、その都度、モダンかつ斬新で、他に類がない壁を作り出してきた。天然の土と素材を使い、塗る壁ごとに独自のストーリーと新技術を生み出した。新作を含む展示のほか、「土」で覆った独自の世界観で演出する展覧会が、寺田倉庫のイベントスペースで14日まで開催されている。左官職人の枠を超え、新たな境地を志向する挾土氏は、「それには何が足りないのか。この場で皆さんを通じて学びたい」と語る。 挾土氏は、左官職人の二代目として岐阜県高山市に生まれる。1983年に技能五輪全国大会で優勝し、2001年に「職人社秀平組」を設立した。近年では左官の枠にとどまらず、大河ドラマ『真田丸』の題字・タイトルバックを手掛けるなど、自然に返るものだけを使った空間やアート作品を数多く発表している。左官の技術をアートの世界にまで昇華させている挾土氏だが、その根底にある「土は絶対的な存在」とする信念は揺るぎない。

◆展覧会「土に降る」14日まで開催

会場*展覧会会場と作品写真は全てPhoto:ToLoLo studio


 展覧会のタイトルは「土に降る」。「自然だけでなく、事件、事故、執念や恨みも、全て土に降っている」との意を込めた。会場の床に敷き詰めた枯れ葉混じりの“土”は、10人の職人の手で製作した作品の一つだ。夕日の差し込む樹林をイメージし、新聞紙を丸めた上にのりを混ぜた土を薄く塗り、地面の隆起を表現したという。会期中に表面が乾燥すると、のりが縮んで土がひび割れ、また別の表情を見せる。挾土氏が「夢に見ていた広い場所」でしか実現できない表現だ。
 空間演出まで手掛けた今回は、これを含め9点の作品を展示している。挾土氏が「地球に初めてもたらされたのが水だった」と語るように、「水」「光」「土」を表現した作品が並ぶ。まず舗装された“通路”を進むと、青色の照明で作品『波紋』が浮き上がる。その先の『光の隆起』は、夕日が沈む海の波を照らす光を描いた。『台風一過の晴天』では、台風の後に土砂崩れを起こした斜面で、泥の水たまりの中に栗のイガが半分埋まって落ちている光景を表した。「恐怖から一転、自然の生み出した現象への安堵(あんど)感」が感じられる。「人間の原点」をテーマに、続く『天地化身』では、山梨県で出土した土偶、縄文土器の文様を、あえて焼いた土のように塗って表現した。

『波紋』


左から『光の隆起』『台風一過の晴天』『天地化身』

『ウクライナの息吹』

 会場では、ウクライナ復興への願いを込めた『ウクライナの息吹』が、警告を思わせる赤いライトに照らされて目を引く。「廃虚から最初に生える植物はいばら」との言い伝えをもとに、挾土氏が実際に地中海東部の島国キプロスで採取したテールベルトという緑土と、白ワイン、卵黄を混ぜて緑色を作り、いばらを描いた。「最も(会場に)持ち込みたかった」と思いを込める、渾身(こんしん)の一作だ。

 別室では、本展のために挑んだ大型ステンシル(型紙)作品『Tokyo202X』が花を添える。「こういう風にならないでほしい」との思いで、東京が爆撃を受け生き延びようとする人々を描いた。挾土氏にとっては、壁にスプレーで絵を描く社会風刺的な活動で注目を集めるバンクシーも「壁に塗るという意味では左官屋だ」という。その神出鬼没のアーティストのように、数十日にわたり0.5mmのアクリル板数十枚を地道に削り、ステンシル型紙の上からスプレーを使って描いた。

『Tokyo202X』

 高度経済成長期に約30万人いるといわれた左官職人は激減した。挾土氏は「基本技能を身に付けた職人の仕事を受け入れられる社会であればいいが、時代はそういった方向に向いていない。次世代を担う職人が、左官職人として腕を振るう場がない」と憂う。ビルが立ち並ぶ天王洲の倉庫空間で、土を身近に感じることができる。進化を続ける希代の左官の「いま」を体感する入り口として、見ておきたい展示だ。



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